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重荷 25

バスはビルの窓に反射する光の中にその赤い色を輝かせて止まっている。肥った黒人の係員が大儀そうに辺りを確認し、運転手に出発の合図を出そうとしているところだ。

「乗ります!」

そう怒鳴ると、息を切らしてバスへ駆け寄る。そしてポケットから紙幣を出すと、ワンデーパスと交換してもらった。その太い指で腰に下げたバッグからお釣りを取ろうとする係員の様があまりに不器用なので、釣りは取っておくようにと私は言うとさっさとバスに乗り込んだ。客は他に乗っていなかった。

二階へ続く階段に足を掛けた瞬間にバスは走り出した。手すりを頼りに、妙に上りにくい段を上る。もしかして二階にも誰もいないのだろうか。微かな疑念を抱きつつ、人ひとりがやっと通り抜けられるくらいの穴を通り抜けて上へ出ると、そこにはインド系の若い男女が乗っていた。よかった。こんなに素敵なバスなんだもの、見ず知らずの相手でも、この気分を分かち合える誰かがいたほうがいい。

「ハイ」

若い二人は私の挨拶に笑顔で答える。新婚旅行かな。サリーを着た女のはにかんだ様が可愛らしい。ああ、いいね。何か新鮮だね、こんな風に他人に好感を持つ感覚。自分でもなく特定の誰かでもなく、人類に対する愛おしさとでも言うかな。でもさ、そうだよ、そうあるべきなんだよ、本当に。皆素晴らしいんだ。どんな人でも素晴らしい。そんな風に考えると景色の見え方も違ってくるんだな。って、運転荒いな。まだ座ってないのにさ。まあいい。とりあえず座るわ。

それにしても何て天気だろう。この明るさは本当に笑うしかない。目玉が付け替えられでもしたみたい。視界が刷新されて、何も書き込まれていない世界が急に広がった感じ。ああ、これから何が始まるのかなあ。どんな景色が見られるのかなあ。久しぶりにワクワクする。




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