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【交換小説】#待ち時間 6

するとその時、ザシッ、ザシッ……という砂を踏む重たい足音が聞こえてきて、止まった。私の顔に当たっていた強い日差しは大きな影に遮られた。気配を察したのか、眉毛も伊藤も口をつぐんだ。不吉な静寂が辺りを包む。

間違いない、この状況を見かねた大ボスが現れたのだ。全てに決着をつけるつもりで腰を上げたのだ。身体のあちこちが痛む。しかし私は、この世で最後に相対することになるかもしれない相手の姿をせめてこの目に焼き付けておこうと、痛みを堪えて頭を上げた。

視界に飛び込んできたのは巨大な女の尻であった。

次の瞬間、レジの女は眉毛を伊藤から引きはがしたかと思うと、その横っ面を思い切り張り飛ばした。男はその勢いで吹っ飛んで、尻もちをついたまま動けない。涙目だ。女は呆然としている私と伊藤を険しい顔で見ると、顎をしゃくった。他に何も考えることはできなかった。促されるままによろよろと立ち上がると、私たちは女の後を追った。

生い茂る肉厚な熱帯の植物をかき分けながら、女の尻だけ見据えて歩く。人の気配は他にない。地元民でもめったに通らない道なのだろう。聞き慣れない鳥の声と、伊藤がしゃくりあげながら漏らす「ごめんなあ。ごめんなあ」という声だけが時折響く。逃げようと思えば逃げられる。だが悲しいかなそこまでの度胸はない。死刑台に向かう時はこんな感じだろうか。妙に他人事のように考えてしまうのは、恐怖で麻痺しているせいだろう。男二人でハワイかよ。男二人でハワイかよ。駅前の飲み屋で初めてこの旅の話が持ち上がった時、そう言って笑った場面が繰り返し頭の中で再現される。

終わりだ。

その時、私たちは車通りの多い開けた通りに出た。車が途切れたタイミングを見計らって、女は広い道を渡っていく。小走りで私たちも渡りきると、女は言った。

「ドモ、スイマセン」

そこはバス停であった。傾いたベンチに二つ置かれていたのは、湯の入ったカップラーメンだった。女はそれを一つずつ私たちに押し付けると、再び道を渡って行ってしまった。私たちはぬるくなったカップラーメンをそれぞれ手にしたまま、呆然と立ち尽くした。箸もフォークもなかった。

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