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もらいもの(仮)27

いや、我ながらこれはほんとにヤバいな。今置かれてる状況以上に何十年もそんな調子で生きてきたということの方がヤバい気がする。殺されて現世に恨みが残るどころか、生きてたこと自体コロッと忘れそうだもんな。なんかあの世でコンパか何か呼ばれて(死んだ後の話なんだからそれくらいのことがあってもよかろう)「俺、実はここ来る前は生きてたんだよー」とかいう話になって周りが盛り上がってる中で、大分遅れて「実は僕も以前は生きていたんです」と呟くと「うそ、マジで?」「そうなの? 全然見えない!」とか言われて、そんなふうに言われると自分で言ったことにも何となく自信が持てなくなって、あれ、本当に生きてたんだっけ? なんか場の空気に流されて話盛ってしまった? みたいなことを後から悶々と考えてしまう状況が目に浮かぶ。

ほんとに、いつからこんなことになったんだ? これでも結構可愛い子供だったのよ。実はのど自慢に出たこともあったのよ。合格はしなかったけど、天使の歌声とか言われてね。あの頃は家も裕福だったし、親父がカラオケ好きだったからね。ひところは親父がタニマチやってた演歌歌手のところに歌習いに行かされたりしてたのよ。そうそう。あったなあ、そんなこと。あれは幾つぐらいの頃だったんだろう。意外と嫌じゃなかったよ。なんで辞めちゃったかは覚えてないけど。先生のお弟子さんがよく喫茶店連れてってくれてね。純喫茶ね。コーヒーゼリー食べさせてくれるんだよね。あの人なんて言ったっけな、垂れ眉の、困ったような顔した化粧の濃いお姉さん、って当時からそんなに若い人とも思ってなかったけど、なんて名前だったっけなあ。デビューしたんだよなあ。出始めの頃は歌番組にもぽつぽつ呼ばれて。最初の一、二枚くらいはまあまあ売れたんだっけ。そうそう。その人よ。その人がデビューするっていうんで、もうバブルも弾けてたのに親父が大金つぎ込んでさ。ま、今考えるとそれがきっかけだな。人生が狂ったきっかけ。家族が壊れたきっかけ。親父も馬鹿だよね。もうほんとに分かりやすく身を滅ぼしたよね。……って、あ、そうか。今考えたらあの人、親父の不倫相手だったのか。ああ、ああ、そうだよなあ。そりゃそうだ。なんでそんなことにも気付かなかったんだろう。だからか。だからあれ以来……

その時、私はハッと我に返った。とっくに五歩以上歩いていた。関係ないことを考えているうちに廊下を通り抜け、道まで出てしまっていた。

私は辺りを見回した。いつもと変わりない、平和な昼下がりの裏路地である。遠くに郵便配達のバイクの音が聞こえる。校庭でドッヂボールをしている小学生の歓声が聞こえる。廃品回収車のひび割れた呼び声が聞こえる。私とは全く無関係に動いている世の中の音が聞こえる。私は駆け出していた。当てもなく、行く先も知らずに走り出していた。

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