ヤモリ 15
直子は、座面を軽く払って腰掛けた。そして辺りの薄暗さに助けられ、いつものように背筋をまっすぐ伸ばした。
考えても仕方のないことかもしれないが、と直子は空っぽの噴水を見ながら考えた。私は醜い。いや実際、看過できないほどの醜さだ。こんな姿でこれからどうして生きていく? 髪を伸ばす? 目を大きく見開いてみる? 口角を上げてみる? 直子は影の中で一人、不自然な笑顔を作った。だがすぐに空しくなった。
どうしてこんな重大事に気付くことなくこの歳まで生きてこられたのだろうか。昨日までの自分が全く別世界の住人だったようにさえ思われた。うすら寒さを感じ、直子は腕をさすった。体育の着替えの際など、余分な肉の全くついていないこの腕をクラスメイトの女子たちは羨んだ。そんな時も、太るのは相手の自制心が足りないだけだろうと思っていたが、直子の体重は未だ四十キロに満たない。これは好ましい意味でやせているのではなく、何かもっと根本的な問題があるのかもしれない。
その時ある事柄がふと直子の頭によぎった。この醜さは、生理がまだ来ていないということに関係があるのかもしれない。そう考えると何だか説明がつくような気がする。何かの本で正常な場合はおよそ十五歳頃までに初潮を迎えると直子は読んだことがあった。三週間後に誕生日を迎える直子は未だぎりぎり十四歳で、本の情報に拠るならば正常の範疇に入っている。それゆえ特段そのことを気に留めるでもなかったが、考えてみればクラスの大抵の女子は小学生のうちからとっくに始まっているようだし、だいたい、たったの三週間でそんなに重大な変化がこの身に起こるような気がしない。直子は蒼白になった。そしてゆっくりと息を吐いた。
三週間だと? そんなカウントダウンが知らぬ間に始まっていただと?
正常でないというのは一体どういうことだ。自分は女だとばかり思っていたが、そこに疑義が挟まれるということか。でもさすがに今更男だったということはあるまい、形が違う。じゃあ何だ。あと三週間経つと私は女でも男でもない何かであるという可能性が出てくるとでもいうのか。鼻の奥がツーンと痛くなった。こんな訳の分からないこと、誰に言っても分かってもらえる気がしない。
その時、高校生の女の「馬鹿じゃないの!? やめてよ!!」という声がした。男がふざけて水飲み場の蛇口をひねり、辺りに思い切り水をぶちまけているのだった。女はずぶ濡れになりながらそれを止めさせようとしているが、まんざらではないようで、一緒になってはしゃいでいる。まくり上げられたスカートから突き出た太ももが、暗闇の中に白く浮かび上がっていた。直子は思わずかっとなって立ち上がった。
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