もらいもの(仮)5
あの人とまた顔を合わせると気まずいというのもあって、それからの数日はハローワークと公園通いで時間を潰した。しかし外に出ても悶々とすることに変わりはなかった。このご時世、仕事はそう簡単に見つかりそうもなく、交通費を節約するためにやたらと歩き回っているから腹も減るばかりだ。
その日も私は公園の水で空腹を紛らわした後、ベンチに腰を下ろして池を眺めていた。隣のベンチには一人のホームレスが座っていた。荷物は几帳面にカバンにまとめ、薄汚れてはいるがスーツを着ていて、髪に乱れもない。真面目な人のようだ、ちょっと見ただけでは出張のビジネスマンのようでさえある。だがそれがホームレスだと分かるのは、何を見ているのでもなく、何を考えているのでもなく、うつむいて固まったままぴくりとも動かないからだ。しかし、今月いっぱいは住むところがあるというだけのことで、私もこの人と何が違うだろう。幼い子供を連れた母親が私たちを避けながら遠巻きに歩いていくのを背後に感じた。
あの人は一体何を言おうとしたのだろうか。またそのことを考えた。これまでの人生、目立たないようにとばかり考えて、思い切ったことは一度もしたことがない。だがその結果がこれだ。このままいけば私は終わる。誰の記憶に残ることもなく、汚物同然に顔を顰められながら、どこかの誰かに処理され終わる。ならばあの人の話を聞くだけ聞いてみるくらい、許されてもよいのではないか。例え背後にどんな目的が潜んでいたとしても、善悪の線引きになど今更何の意味があるだろう。
そんなことを考えながら池に浮かぶ鴨の群れを見ていた。前世でよほど善いことでもしたのだろう。鴨たちは丸々肥えて、疲れも知らず悠然と水の上を漂っていた。だがその時だった。一羽の鴨が天を仰ぎ、突然その嘴を大きく開いたかと思うと、聞いたことのないような金切り声を上げた。そして次の瞬間、何かに足を引っ張られるかのように水中に引きずり込まれ、見えなくなった。並んで泳いでいたつがいの片割れだけがそこに留まり、相手の沈んでいく一部始終を見ていたが、上がってくる気泡が消えるのを見届けると、何事もなかったかのように群れの仲間のところへ泳いで行ってしまった。
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