ヤモリ 14
直子の足は自然と駅のほうへ向かった。しかし街では「誰かが見てるゾ!」と勢いのいい字で書かれた防犯ステッカーの鋭い目が至る所で光っていて、住民の要望で増設された街灯は煌々と道行く人を照らしており、隠れる場所など容易には見つかりそうもなかった。こうしているうちにも向こうからくるあの人は私のことを内心で嘲笑っているのかもしれない、あの人たちは話をしながら私のことを馬鹿にしているのかもしれない。そんな思いに囚われて、直子はうつむいたり、片手で顔を隠したりしながら道の端を早足で歩いたが、そのいかにも落ち着かない様子は余計に目立った。
直子は吸い寄せられるように階段を上り、駅の構内に入った。到着した電車から吐き出される人の波は、改札を抜けると左右の出口に分かれて流れていく。南口から入った直子は流されるままに反対側の北口へ向かって歩いた。北口は山側で昔からの古い家が多く、店も少ない。校区が違うのでその地理はよく知らず、最近ではあまり来ることもなかったが、駅前の公園の奥に子供の頃たまに遊びに行っていた噴水広場があったことを直子は思い出した。確かその周りにいくつかベンチがあったはずだ。直子はうら寂しい駅前のロータリーを突っ切り、公園へ向かった。
公園に足を踏み入れるとようやく直子はほっと息を吐いた。ジョギングをしている人、犬の散歩をさせている人など、往来は意外と途切れることがないが、街灯の明かりは大きく茂った木々に遮られ、これならまじまじと顔を覗かれる心配もなさそうだった。直子は噴水広場へ急いだ。少し落ち着いて今後の身のふりについて考えようと思った。無論、考えても仕方のないことではあったが、何より今は落ち着くことが大事、頭の中を整理すれば何か策は見つかるはずだと思った。
噴水広場は少し下ったところにあった。降り口のスロープが見えてきたところで、若い女のけたたましい笑い声が耳に届き、思わず足を止めた。人がいる。直子は溜息をついたが、他に行く場所もない。仕方なく直子は歩を進めた。
水の止められた噴水は昼間の名残でまだ少し濡れていた。ベンチは噴水を取り囲むように三つあり、遊んだ子供が忘れていった帽子が右側のベンチの背に引っ掛かっている。一番奥のベンチには恒進学園の制服を着た男女が座っていて、大袈裟な身振りで話をしている男に対し、女のほうはこれ見よがしに身体を前後に揺らし、足をばたつかせながら、わざとらしい声を上げて笑っている。調子づいた男のほうはますます笑わせようと何かを言っている。直子は舌打ちをした。しかしなるべく足音を立てないようにしながら、噴水の周りを空いているベンチのほうまで歩いた。
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