もらいもの(仮)8
部屋の中に物は何もなくなっていた。そして、くすんだ染みだらけの壁紙はまっさらな新品に張り替えられていた。柱も白く塗られている。その服の汚れ方から、山口さんが自らやったものらしかった。
「何やってるんですか!?」
私は飛び起きて尋ねた。だが山口さんは黙々と床のサイズを測っていて答えない。その様はいかにも慣れていて手際が良く、この種の仕事の経験が長いことを思わせる。だから目を覚まさなかったのか、と私は思った。だが今はそれどころではない。どう見てもこれは普通ではない。曲がりなりにもここは私の部屋だ。今月分の家賃だってちゃんと払っている。何をどう考えても、他人の領域に勝手に入り込んでこんなことをするのが許される道理はない。だが相手があまりにも堂々と働いているので、口を開くのも少し気後れがした。
「……ねえ山口さん。これはどういうことなんですか。一緒に暮らそうと言ったのと何か関係があるんですか」
相手は私の声が耳に届いていない様子で深い溜息を吐くと、「床材はどうするかなあ」と独り言を呟いた。かなり疲れているようだった。
「ねえ山口さん!」
「白いのが好きなんですよ」
「え……」
相手は再び口の中でぶつぶつ言いながら巻き尺を伸ばした。
「誰が?」私は尋ねた。
「奥さんが」
「奥さん? 奥さんって誰ですか? あのさっき紅茶くれた人ですか?」
「紅茶は知らないけど、そう思うんだったらそうなんじゃないですか」
「そうなんじゃないですかって、ねえ山口さん。あなた自分が何やってるか分かってますか?」
山口さんは膝をついて再び床を測り始めた。
「山口さん!」
私の剣幕に押され、相手は仕事の手を止めた。そして再び溜息を吐いた。
「私にもよく分からないんですよ」
「分からなくてこんなことやるんですか」
「まあ、そうですね」
「……ねえ山口さん。今あなた、とんでもないことやってますよ。何が何だかさっぱり訳が分かりませんけど、あなた大変なことに手を貸しているのかもしれませんよ。こんな非常識が通用するわけないことだけは確かだ。知らない、分からないで済まされることではないですよ。私が言うのもなんですけど、もう少し自分のやってることの意味を考えたほうが」
「でもこうすれば住むところは失わずに済むんですよ」
そう言うと山口さんは真顔で私を見た。
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