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抽選会 4

ははあ、これはあれだな。母数の多かった時代からやり方を変えていないからこんなことになっているんだ。いかにもあり得ることである。人は、というか街にせよ国にせよ、自分に都合の悪い変化を認めようとしない。老化はその筆頭だ。いつまでも昔のままだと思っているのは当人だけで、尻拭いをさせられるのは若い世代と決まっている。もしかするとあの女のイライラもそこから来ているのかもしれない。だがそれは、そんなこと初めから分かり切っていながら役場なんかに就職した自分が悪いのだ。

その時、ポケットに入れていたスマホが震えた。叔母の施設からの着信だった。隣の男が咎めるようにこちらを見たのが分かった。午後に行くと言っていたのに何だろう。また何かごねだしたのだろうか。

しばらくすると着信は切れた。だがすぐに再び鳴り出した。張りつめた雰囲気とはいえ、札を引く時、数字を書く時などで緩急はある。幸いなことに今は少し気楽な空気が流れている。私は隙を見て立ち上がった。しかし消毒液係はすかさずこちらへ警戒の眼差しを向け、叫んだ。

「着席してください!」

場内の視線が一斉に私へ向けられた。しかし私は座らなかった。列の間を抜け、出口を目指した。その行く手を塞ぐように、走ってきた消毒液係が私の前に立ちはだかった。

「すいません、ちょっと電話をしたいので」私は言った。
「携帯電話の電源は切っておいてください」
「なんでですか?」
「ここに書いてあるからです」
「いや……」

確かに体育館の壁にはその旨の貼り紙がしてあった。それには私も最初から気が付いていた。しかしそれは貼られてから二十年は経過していると思われる、茶色く変色した紙片に過ぎず、その意味を顧みられることもなくそこにあり続けているという事実にむしろ気を取られたからであった。

「……なぜ切る必要があるんですか? それで何が困ります?」

言い返された相手の顔にサッと血が上ったのが分かった。だがこのような場面を想定していなかったのか、そもそも会話に慣れていないのか、ぐっと詰まったまま何も言葉は出てこない。

「ペースメーカーの方がいらっしゃるにしてもですよ、これだけ間隔取ってあるでしょう。しかも外で話すと言っているのに、何が問題なんですか」

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