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一人と六姉妹の話 28

「何」

それは低く呟くような声だった。まさか返事があるとは思っていなかった少年は、思わずその場に立ち竦んだ。拝殿の脇、土台の石に腰かけているもんぺの脚が見える。少年は自らを奮い立たせるように、再び大声で名乗りを上げた。

「俺は分家の者ばってん、祝いの物を持ってきた」

だが返事はなかった。組んだ脚の草履の足先だけが退屈そうにゆっくりと倒れたり、起きたりしている。その平然とした様子に少年の苛立ちは極まった。

「お前、我が仕事を分かっちょうとか。迎えの女はちゃんとあそこにおらないかんとぞ。身内が嫁に行くとやろうが。家の者として、挨拶でん何でんちゃんとして、一番働かないかんとやないとか」

それでもやはり返事はなかった。足の動く緩慢なペースにも変化はない。聞こえていないのか? そんなはずはない。では一体これはどういうことなのか。少年は考えた。しかしその態度は全く少年の理解を越えていた。そして、続く言葉として何を言えばいいのか、いやそもそも、腹を立てる相手として妥当な者なのかということさえ少年には分からなくなってきた。

しかしこのまま引き下がるのも格好がつかない。少年はゆっくりと歩を進めた。鈴の前を通り過ぎ、陰に隠れるように座っている女のところへ回り込む。いた。どんな顔をしているのだろう。女はこちらを見もしない。何を考えているのだろう。座っているそのシルエットにおかしなところは何もない。婚礼という場を弁え、年頃の娘らしく、できる限り身綺麗にしている。しかしこの感じは何なのだろうか。場所のせいもあるのだろうか。何かが変だった。怖い、と言ってもいいのかもしれない。だがそれは肝試しの恐ろしさのようなものでもない。何だか全然かみ合わない感じがする。ここにいるのにいないような気がする。言葉は分かるはずなのに、何を言っても通じない。まるで透明な膜で遮られているかのように、遠くにいる感じがする。こんな女は見たことがない。

その時、女が顔をこちらへ向けた。そして、どこか平面的な、適当な要素を切り貼りして形だけ作ったようなその顔で私の目を見据えると、にこりともせず、ゆっくりと首を横に振った。

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