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抽選会 7

だが私の視界の片隅で、老婆は必死の懇願を続けた。痺れを切らして私は言った。

「……どうされたいんですか?」

その時、常にちらちらとこちらをマークしていた消毒液係がいきなり叫んだ。

「宮本さん!」
「え、私ですか?」

問いかけに答えることなく消毒液係が私を睨んでいる。一瞬、なぜ名前を知っているのだろうと思ったが、そうだ、私の個人情報を私以上に把握しているのはまさにこの連中なのだった。

「――静かにしてください」消毒液係が冷ややかに言った。
「は? してますけど」

ぶっきらぼうに答えたその時だった。身体の右側にふわりと風を感じた。そして枯木が折れる時のような、何かパキパキという乾いた音に続き、ドスンという重たい衝撃を足下に感じた。老婆が目を見開いたまま床に崩れ落ちていた。

ざわめきが起こった。それはまるで静かな水面に突然石が投げ込まれたようなものだった。職員たちは気色ばんだ。のらりくらりと手順をこなすだけの省エネモードから、何か有事用とも言えるような体制に切り替わったのが分かった。抽選は中断された。壇上の職員たちのみならず、外で控えていた者たちもバタバタと老婆の周りに集まってきた。にわかにできた人垣の隙間から老婆の姿がちらりと見えたが、強張ったその顔色に生気はなかった。

大声で呼びかける。肩を揺する。脈を確かめる――思わしい反応はないようだ。「救急車――救急車!」叫ぶ声。ピンクのポロシャツがスマホを取り出す。だが思いがけない展開に動揺し、何番に掛ければいいのか分からない。痺れを切らした先輩職員がそれを奪う。

ほら見たことか――騒ぎを横目で見ながら思う。そりゃこういうこともあるだろうよ。何が何でもそちらの思うように動かしたいのかもしれないが、年寄り主体のこの人数を無理やりこんな暑い中に詰め込んで、一方的に訳の分からないストレスを与え続けていれば、そりゃ倒れる人くらい出るだろうよ。そういうことは考えもしなかったのだろうか。その鈍感さというか意識の低さというか、呆れるのを通り越してもはや滑稽ですらある。だがともあれ、これでようやく終わりだ。他の人たちの緊張感も完全に切れてしまっているし、この状況でこれ以上続けられるわけがない。

とその時、椅子の下に葉書が挟まっているのに気付いた。老婆が倒れた時のはずみで飛んできたものらしかった。

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