ヤモリ 25
表に出ていた弥生は、歩いてくる直子の姿を認めると傍へ駆け寄った。そしてそのずたぼろの外見に驚き「どうしたの!? どこ行ってたの!?」と思わず問い詰めたが、答えが得られるわけもなく、それ以上聞きたい気持ちを飲み込むしかなかった。
直子は黙って歩いていた。弥生は追いすがるように付いて行きながら「……ごめんね」と言った。「もっとちゃんと話を聞いてあげればよかったんだよね。お母さん、ヤモリがそんなに大事なことだと思わなかったから……。あれからお父さんも帰ってきて一緒に探したんだけど、まだ見つかってないの。でも明日絶対探して外に逃がしとくから、今日はお座敷で寝たらいいよ。ね?」
直子は返事をしなかった。弥生は隣を歩く直子の様子を窺った。しかしその様態の乱れと歩いている時間帯を除けば、まっすぐ前を向いた顔の表情にも迷いのない歩調にも、いつもと変わるところは何一つなかった。
全然分からない、と弥生は思った。ヤモリが何なの? それがどうしてこうなるの? 私は何をすればよかったの? 言い方が悪かった? でも他に何と言いようがあった? さっぱり分からない。見当もつかない。何ならこの子のことを私が心配していいのかどうかさえ分からない。こんな時間に外に出て、普通なら家出の心配をするところだろうけど、この子の場合はそういう普通の心配すら受け付けない。この子には何も起こらない。私が何かをしてあげる余地なんかどこにもなく、いい時だって悪い時だって常にこんな調子なのよ。
何なんだろう、この子は。今まで考えたこともなかったけど、変よ。根本から変よ。私にもお父さんにも似ていない。何でも一人でできて、手が掛からず反抗もしない。褒められることばっかりで、注意されたことが一度もない。どこに出してもいい子だいい子だと言われるからそういうものだと思ってたけど、考えてみれば私に甘えてくることも、助けを求めてくることもない。愛着とか、可愛げとか、そういうものとは完全に無縁だ。例えばほら、姉さんとこの有紗ちゃんなんか、母娘で買い物行ったり、彼氏を紹介されたり、そんなこと、何がどうひっくり返っても考えられない。何と言うか、母娘の絆みたいなものをどこにも感じられないもの。娘がいるって感じがしないもの。この子、私がここで死んでもきっとこんな調子で歩いて行っちゃうに決まってるもの。……
二人は無言のまま家に着いた。直子は制服についた埃を静かに払って乱れを直し、いつものように靴を脱ぐと、黙って靴箱の定位置にそれを並べた。儀式のように静粛な一連の動作を弥生はただ見守っていた。直子は玄関を上がり、自室へ続く廊下へと足を踏み出した。そして弥生に「あ」と声を上げる暇も与えず、静かにドアノブに手を掛けた。
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