もらいもの(仮)7
紙袋を手に立ち尽くしていると、プッと吹き出す音が聞こえたような気がした。私は辺りを見回した。隣のホームレスは相変わらず固まったままだったが、気のせいだろうか、その顔は必死に笑いをこらえているようにも見えた。
袋の中身はフォションの紅茶だった。私は西日のまともに当たる部屋で膝を抱えたまま、床に置いたその缶の長く伸びる影を見ていた。山口さんが廊下を通り、部屋に帰る音がした。ドアを開ける音。コンビニの袋を床に置く音。つつましい最低限の生活の音。言葉の不要になった独り者のたてる音。
私にはもう考える気力もなかった。いったい私に何が起こっているのか、もちろん気にならないわけはない。だが、気にしろと言わんばかりのことがここまで立て続けに起こって、とうとう世の秩序までが私をないがしろにし始めたのだという思いのほうがむしろ強かった。私は膝を抱えたままごろりと床に倒れ込んだ。もうどうとでもなれ。勝手にしろ。何も持たない男をそんなに馬鹿にしたいのなら思う存分するがいい。
腹が鳴った。朦朧とする。さすがに何か腹に入れなければなるまい。半額になっていたアンパンが残っている。だが立つのも面倒だ。何なら食うのも面倒だ。このまま全部無視して寝ていたらどうなるだろう。空腹も督促も、訳の分からない贈り物や誘いも、全部無視してこのまま横になり続けていたら。ああ、そうか。そういうことか。それを「死ぬ」というのか。……
どのくらいの時間が経ったのか分からない。目を開けると、辺り一面真っ白の部屋に私は横たわっていた。山口さんがいつものどす黒くむくんだような顔をして、私を上から覗き込んでいた。
「ああ、夢ですか」私はうんざりしながら言った。「幻覚からの夢ですね。私は頭がおかしくなったってことか。でもね、もうそんなのも私要らないんです。現実との接点は確かに何もかも失っていますよ。まっとうでいろと言われるほうが難しい状況かもしれない。だけどね、こういう訳の分からなさに抗う気もないんです。興味がないんですよ。何が現実なのかとか、そういうこともどうだっていいんですよ。とにかくもう私には何もする気がないんだ。だから放っておいてください」
私はそう言って寝返りを打った。と、その視線の先にコンセントカバーがあった。見慣れた古い形のものだ。私はハッとして天井に目をやった。勝手知ったる低い天井。これは現実だった。
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