もらいもの(仮)20
「あ、そこ何かありますよ」
山口さんはぶっきらぼうに流しの上を指差した。そこには紙袋に入った薄い包みがあった。
「もういい加減その手には乗りませんよ。物さえ与えておけば簡単に釣れる奴だなんて、軽く見られては困る」
きっぱりそう言ったものの、やはり言わされているかのようにぎこちない口調だと我ながら思った。山口さんもそう感じてか、こちらを振り返りもしなかった。
所在なく時間だけが過ぎた。山口さんは黙々と床材を貼っていく。退屈だった。よほど手伝わせてもらおうかと思ったが、こういう作業に関して私は致命的に不器用で、また一方、垣間見える性格とは裏腹に山口さんの仕事ぶりは非常に几帳面だったので、何も言い出すことができなかった。やがて私のいるのが邪魔になってきたようだったので、しばらくユニットバスの中に避難していることにした。立ち上がって流しの横を通る時、包みが目に入った。一瞬の葛藤があったが、何が入っているか見るくらいなら、と、気付かれないようそっと手に取り中に入った。
便器に腰かけ紙袋を開けると、入っていたのは立ち読みしていたサボテンの本だった。
「あ、やった。嬉しい……」
思わず口に出かかったがハッとした。「あ、嬉しい……」じゃないよ。まず思うことはそれじゃないよ。「やっぱり尾けられていたんだ、怖い」だよ、ここで何か思うとしたら……。私は忸怩たる思いに駆られながら、開けたことがばれないように袋の皺を伸ばし、中に本を戻すと、そっと床に置いた。
この弱さは何なのだ。信念のなさは何なのだ。命がかかったここ一番の局面で、この情けなさは何なのだ。私は便器に腰かけたまま頭を抱えた。
つけが回ってきたのだ。恐らくそうだ。確かに私はこの生涯において誰にも迷惑をかけては来なかった。それどころか早くから親のために自らを犠牲にし、慎ましく真面目に生きてきたその様は健気でさえあったと思う。ところがだ。薄々自覚はあるのだ。そんな生き方をしてきたのは、単にそれが楽だったからなのだ。他を選ぶのが面倒だったからなのだ。もともと私に意志はなく、やりたいこともなく、極力何も考えずに済ませてきたらこうなったというだけなのだ。そう、自らの力で動こうとせず、目の前のことしか見ず、周囲に流され続けたつけが今こうして回ってきたということなのだ。
だがしかし今更抵抗しようと思ってもどうすればいいのか。力が入らない。と言うより、力を入れる筋肉がない。何としてでも抗わなければならないとは思っている。人生で一番戦わなければならない局面だとは思っている。だがその気持ちしかないから変なところが強張って、出てくるのはあんな型にはまったような言葉だけなのだ。しかしともかく、これでは駄目だ。いつものやり方で流されていいことではない。私は便器から立ち上がった。そして勢い良くドアを開けた。
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