一人と六姉妹の話 11
とりあえず仕事とは全然関係ない場所に行こうと思った。それで東畑に目を付けた。荒れ果てた家を片付け、祖父を見守り、老いぼれ犬(番犬にするつもりで祖父が知り合いの猟師から貰ってきた、引退した元猟犬である)の世話をするという条件で、二階をまるごと自分の部屋にした。年に三、四回、二週間ほど期間を見つけてそこにこもった。この試みを始めた頃、私はまだスマホを持っておらず、東畑には携帯の電波も届かなかったうえ(地権者の祖父が基地局の設置を拒んだためである)、テレビは祖父の居室にしかなかったので、その二週間の間は文字通り完全に世間から隔絶した環境を作ることができた。
時間つぶしには本だけを持ち込んだ。だがこの機に読むぞと選ぶ本には欲が出る。フッサールだの「フィネガンズ・ウェイク」だのロシア語の原書だの、馬鹿みたいにカロリーの高い本ばかり選んでしまう。たった一文節を解釈するだけで途方もない疲労感が圧し掛かる。当然、まるまる付き合っていられるほど集中力が続くわけもない。それで何となく庭をぶらぶらしたり、犬にちょっかいを出したり、池の鯉に餌を投げたり(鯉はまだいる。何代目の鯉なのか、それとも昔から同じ鯉なのか分からないが、ますます野性味が増し、人間のくれる餌になど見向きもしない)、その辺の引き出しを開けてみたりしてしまう。
祖母の持ち物は大半がそのまま残っていた。祖母がいつ、どんなふうに東畑を去ったのか、その時のことは詳しく聞いてはいない。しかし残していった物の多さと、明日にでもまた使うつもりのような何気ないその様子を眺めていると、それはほとんど家出に近い、突発的な行動だったのではないかと思われた。しかしそれは、若い夫婦のように激しい諍いやいがみ合いの末というわけではない。もちろん祖父の人間性には問題も多いが、この陰鬱な場所に身を置いてみると、それは個人間の事情というよりは、やはりこの家の屋根に覆いかぶさっているような気がする何か、この土地から絶えず生え出しているような気がする何かから染み出す微量の物質が、祖母の自我の中に蓄積し、人生の最終盤に至って突然弾けたもののように思えた。
祖母の痕跡は単純に、非常に強い喪失感を放っていた。この頃、祖母はまだ亡くなっていなかったが、再びここへ戻って生活することは身体的にも不可能な状態になっていた。だから突然に絶たれた生活の断面は処分するわけにもいかないまま、ただ朽ちるのを待つだけであった。
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