抽選会 10
「いやいやちょっと、自分で歩けますから。こういうのはさすがにまずいと思いますよ。このご時世にこんなやり方、しかも役所がっていうのはね、どこでどう火が付くか分かりませんよ? ほんとに。その辺りのことまで考えていらっしゃるんでしょうかね」職員たちの反応はない。「いや、実際しませんけどね。しませんよ。でもこのこと私がSNSや何かで発信したらどうなると思います? よくあるじゃないですか、それで騒ぎになるっていうの。やろうと思えば簡単にできるんですけど? そういう可能性もあるってこと分かってやってます?」
腕が離された。だがそれは解放を意味しているのではなかった。そこは事務所の壁の前だった。ぞんざいに繋げられた椅子の上に老婆の小さな身体が横たえられている。顔を壁の方へ向け、ぴくりとも動かない。
「どうぞ」老婆の様子に気を取られている私に職員の一人が言った。職員は空いている椅子の一つに座るよう手で促した。
「どうして」
職員たちは何も答えず行ってしまった。座れと? どういう筋合いで? なぜそれに従う必要がある? その時、私の心の中を読んだかのようなタイミングで、端の椅子に座っていたおばさんが呟いた。
「代理でしょう」
「えっ」私は驚いて聞き返した。「何のことですか?」
「宮本さんとこは、去年してないから……」
「してないって?」
おばさんはそれだけ言うのが精一杯というように頷いた。そして再び身を固くして口を引き結んだ。
出入口のドアは細く開けられ、その隙間から消毒液係がこちらを見張っている。何かあったらいつでも連絡するぞという脅しのつもりか、手にはこれ見よがしにスマホを持っている。おばさんが再び話に応じてくれそうな気配はない。横たわっている老婆は、ただそんな気がするだけか、それとも実際そうなっているのか、人というよりもうほとんど物としての存在感しかない。建物の間を吹き抜ける埃っぽい風の中、座るに座れず、動くに動けず、しばらく私は立ち尽くしていた。
その時、しばらく諦めて沈黙を続けていたスマホが再び振動を始めた。叔母の施設からだった。
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