重荷 15
私は手にしていた時計をポケットに入れた。そして再び斜面を下り始めた。
「おい」
上の方で声がした。私は立ち止まった。
「分かるよ。私もいろんな人間を相手にしているからね」
男が、人間の見本のようなその体躯で巧みにバランスを取りながら斜面を下りてくる姿はそちらに視線を向けずとも思い描けた。映画か何かで見たことがあるような気さえする。
「問題を抱えている奴なんか珍しくない……いや、むしろ問題のない人間を見たことがないな。カウンセリングでも受けてみるといい。いい先生を知っているから紹介しようか。まあ、彼女も日本語は喋れないだろうけど」
私は歩き始めていた。足下は不安定で、何度か滑った。その度に手や服が汚れた。だが進み続けることにためらいはなかった。男は五メートルほど後を付いてきていた。足取りは確かだが、細心の注意を払っている分、その見た目の頼もしさほどにスピードは出ないものらしい。
「あの動物」と男は言った。「知ってるか? 光る物と見たら何でも獲っていくんだ。何のためだと思う? 窒息するためなんだよ。可笑しいだろ。巣の中に集められるだけのものを集めるだろ。するとあいつら、後は身動きが取れなくなって死んでしまうんだ。自分でも何をしているのか分かっていないんだな。だからここで死んでも巣に戻っても結局は同じことなんだ。時計なんかに目を付けたところで運の尽きなのさ」
「じゃあ早く撃てばいい」
男は足を止めた。瞳孔の奥まで見通せるほど目を見開いたその表情は、そちらを見なくても想像がつく。私はゆっくりと振り返り、両手を挙げた。こういう場面がくれば私も自然とこういう姿勢を取るものなのだな、と変に冷静に思った。
男は想像通りの顔で固まっていた。だがその顔はみるみる溶けて、男は涙を流さんばかりに笑い始めた。芝居がかった大袈裟な笑いだった。それが落ち着くまではずいぶんと長い時間を要した。
「ちょっと待ってくれよ」男は涙を拭いながら言った。「私が時計くらいで腹を立てる人間だと思われては困るな。私たちが何の話をしているか分かっているかい? 私はあなたに納得してほしいだけなんだよ。あなたの意志は十分尊重するつもりだよ。遺恨を残したくはないからね」
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