ヤモリ 19

でも、まあいいや。そんなこと、もうどうでもいい。確かに惨めだ、だけど他人がそう思ったからってどうだというんだ。結局のところ、私自身、大して変わりたいとも思っていないんだ。あの人たちのようになりたいなんて全然考えていないんだ。浮かれたり落ち込んだり馬鹿みたいに笑ったり泣いたりしたくない。そして、問題の根本はきっとそこなんだ。

実際、何も起こらないのはいいことだ。槍が降っても爆弾が落ちても、私にはきっとかすりもしない。だって私には何の関係もないことだから。そして周りの人たちが愁嘆場を演じている間にも、私は代わりに手に入れられるものを淡々と拾い集めていくだけだ。他人が羨むようなものを。実際のところはそこまで羨ましいとも思っていないものを。

私は出世する。お金もきっとたくさん稼ぐ。誰にも迷惑を掛けず、何の不足もなく、一人で生きていく。このままだときっとそうなるね。私は恵まれているんだ、あんな高校生たちよりずっと。私は何も感じない。そういう人生に何か欠落があるのだとしても、それを周りが不幸だと思ったとしても、私自身がそれを何とも思わないのだったら、やっぱり何の問題もないんだ。そうだよ。私は恵まれている。……

その時だった。街灯の当たる社殿の表側へと足を踏み出しかけた直子は、道を一人で歩いてきた若い女性と目が合った。その瞬間、そこに人がいるなどとは夢にも思わなかった女性は悲鳴を上げた。驚いた直子は思わず暗闇に飛びのき、身を隠した。

直子はしばらく社殿の陰に立ち尽くしたまま息を潜めていた。女性はそのまま歩き去ったようだった。辺りには何の物音もしなかった。何匹もの蚊の飛ぶ音だけが、耳鳴りのようにしつこくまとわりついていた。あまりにも不意のことだったので、直子の心臓は激しく鼓動していた。無数に刺された蚊の跡は痒くてたまらなかったが、身動きも取れなかった。

やがて直子は笑いだした。低い声の、終わりのない笑いだった。そして呟いた。
「ヤモリだよ、これじゃ」

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