見出し画像

もらいもの(仮)9

「住むところって……」

そう言いかけた私を山口さんは淀んだ眼で睨んだ。聞きたいことだらけなのは百も承知だが、これ以上追求してくれるなと言わんばかりの眼だった。だがそんな風に睨みを利かされたところで引き下がるわけにはいかない。取るに足りないボロアパートの一室とはいえ、私の生活の基盤はここにあるのだ。

「ちょっと待ってください。どういうことなんですか? 私の部屋を改造すれば、山口さんはこのアパートから追い出されずに済むってことですか?」

山口さんは尻ポケットからメモ帳を取り出すと、測った値を黙々とメモし始めた。

「え、何なんですか? 私はどうなるんですか?」
「知りませんよ」

埒が明かない。この状況を何とか理解しようと頭はものすごいスピードで回転していたが、一つも納得のいく解釈は出てこない。自分の家賃と引き換えに私を売ったということか? でもどうしてこんな手段で? 誰に? そもそも何のために?

「奥さん……という人が、ここの大家さんなんですか? 私ちょっと直接お会いしたことはないんですけど。その奥さんって方に頼まれたんですか?」

山口さんは一切答える気のない様子で自分の仕事を続けていた。私はついに痺れを切らした。

「山口さん、もうほんとにやめてください! あなただって変なことやってるって分かってるでしょう。ちゃんと話せる人と話をさせてください。でないとこんな」
「……あのね。もう僕も本当に限界なんですよ」

山口さんは低い声で言った。見上げるように私を見据えるその眼は血走って、顔色は土気色をしていた。その凄まじい形相に私は思わず怯んだ。

一通りの作業が済むと、山口さんは腰を下ろして壁にもたれた。腕を組んで目を閉じたその姿は、本人がそういう通り、前後も知らず疲弊しきっているようで、私はそれ以上何も言うことができなかった。

仕方なく私もその向かいに腰を下ろした。辺りは眩しいくらいに真っ白だった。柱や壁の位置が同じというだけで、これまで住んでいたのと同じ部屋だとは思えなかった。何なんだこれは。だが私も目の前の人に劣らずくたびれていた。もうこれ以上考える気力もなかった。とりあえず気を逸らしたい。忘れていたが空腹はそのままだ。アンパンを食べよう、アンパンを。……

その時私はハッとした。何もない。もともと持ち物らしい持ち物もない部屋だったが、今は本当に何もなくなっている。空っぽだ。財布は? 身分証は? 通帳は?

「山口さんっ!」

その人はちらっと眼を開けて私を見たが、ハエでも追い払うように軽く手を動かしただけで、そのまま寝てしまった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?