オホホさんと八重山地方の神さん
先月、4年ぶりに八重山地方に行き、石垣島や竹富島などを巡ってきたのですが、そのなかのひとつ、小浜島でちょうどお祭りがあって、ミルクさんが登場してました。
ミルクさんの相棒のオホホさんとは
今回も冒頭で、八重山の神さんを紹介したいと思います。
弥勒菩薩の化身である布袋さんに似ていて、愛嬌のある姿が大人気のミルクさんなのですが、じつは、相棒がいます。
オホホさん。
ミルク神は八重山諸島全域にいますが、オホホさんは西表島の祖内という地域限定です。
祖内というところは西表島でも最も古い集落で、500年以上の歴史があり、沖縄といえば赤い琉球瓦を葺いた家を思い浮かべますが、祖内にはなんと茅葺きの家が現存しています。それくらい古い。毎月、何かしらの祭りをやっている集落でもあります。移住した人が、毎月なので大変!って言ってます。
さてミルクさんはまがりなりにも仏さまなのですが、オホホさんは…、なんて言えばいいんでしょうね。。
神さまの一種になるのかなぁ。
10月の節祭(しち)の祭のとき、ミルクさんとともに登場します。
ミルクさんの後ろから、「オホホホーオホホホー」と甲高い声を発しながら登場するのですよ。
なぜかブーツを履いていて、異国人風の格好です。
島に流れ着いた西洋人をモデルにしたと言われているので、ミルクさん同様、来訪神です。
パイパティローマのあるところ
パイパティローマという場所から来たと言われています。
沖縄では異世界の存在が信じられていて、「ニライカナイ」が有名ですが、ニライカナイの変形版、バージョン違いで、八重山諸島では「パイパティローマ」という異世界の存在が信じられています。
漢字で書くと、「南波照間島」。
日本の最南端は、八重山諸島の一番南にある「波照間島」ですが、そこに住む人たちの、自分たちの住む場所が最果てではなく、さらに南に最果ての島があるはずだと願望にも似た思いが、架空の「南波照間島」を生み出しました。琉球の言葉で「パイパティローマ」と言います。
オホホさんは、そこからやって来た神さんと言われています。
たくさんお金を持っていて、「ほれほれ、こんなに持ってるどー」という仕草で、お札の束をバタバタして見せつけるのです。
そしてまた、「オホホホホーオホホホホー」と言いながら、お尻をプリプリ振ったり、手招きしたり、とにかく奇妙な動きをします。そして、節祭(しち)の終盤、札束をばーっと豪快にばら撒くのです。
島の子どもたちがそのお金を拾って一目散に走って逃げるのですが、オホホはそんな子どもたちを追いかけます。
逃げる子どもを鬼ごっこのようにして追いかけるオホホなのですが、最後には、ノロのような女性が登場して、オホホを連行します。
神さまのくせに、連行されるんですよ。
一応、お金の神さまってことになっていて、お金で女子どもを連れていこうとするんです。でも失敗して連行されちゃう。
無節操な外国人を演じて、ミルクさんの神聖さを引き立てる役回りを担っていると言われているようです。
愉快な見た目と動きと声とで、オホホさんも、ミルクさん同様、人気があります。
八重山博物館で仮面が売っていたし、コースターなんかもまちなかで売られています。
西表島のいち集落にしかいないのに、それゆえに実際にホンモノを見た人が少ないはずなのに、八重山諸島全域で人気があるんですよ。
とまあ、沖縄、特に八重山には、異形の姿をした来訪神がたくさんいて、だいたい像や彫刻にならずに仮面になっているものが多いです。
宮古島のパーントゥ
有名なのは、宮古島にいる、パーントゥですね。顔や服にべったり泥を塗っていく神さまです。
観光客なんかで知らない人が泥を塗られると、苦情が来るらしいです。そんな神さま。泥を塗られると縁起がいいと言われているのだけど、それを知らない観光客が怒るんです。
こちらも仮面です。一応、誰が仮面を被っているのかは、分からないことになっています。
10年近く前、まだ観光客がそれほど来ていない時代に、見に行きました。
僕が見に行ったときは子どもがパーントゥになりきり、泥を誰彼なしになすりつけていたのですが、よく見ると、ひとりの女性に集中的に泥をなすりつけていました。
周囲の人に聞くと、集中的に泥をなすりつけられている女性は、パーントゥになりきっている子どものお母さんなんですと。普段お母さんにめっちゃ怒られているから、その仕返しに、泥をなすりつけているだ、と。
本人は仮面をつけているから正体がバレていないつもりだけど、仮面をかぶっているとはいえ、自分の子どもを見分けられない母親なんていないので、正体はバレているわけです。
あれは帰ってから、たっぷり大目玉を食らうぞ!と、周囲ではそんな話で盛り上がっていました。
毎年2月から3月にかけて、南米ではカーニバルが大陸の各地でおこなわれます。
大きなものだとリオのカーニバルが有名だけど、南米大陸全土の各都市で、各集落で、大小のカーニバルが同時に開催されます。
水を入れたビニール袋を投げて破裂させたり、バケツの水をバケツごとぶっかけたりします。
地域によっては、泥や小麦粉を投げ合うところもあります。あ、ケーキを投げ合うところもありますね。顔についたのを食べちゃいそうですが。
スペインでは8月に「ラ・トマティーナ」がおこなわれます。ひたすらトマトを投げ合って、全身トマトまみれになるお祭りです。
そんなのが世界各地にありますが、きっとガス抜き的な効果があるんでしょうね。
珍問答が好きなアンガマ
八重山の神さまに話を戻すと、
石垣島にはアンガマって神さまがいらっしゃいます。
旧盆時期に檀家をまわる、あの世から戻った祖先とされる存在です。
能の翁のような木彫りの面をつけたオジィ姿のウシュマイと、オバァ姿のンミーが、タオルやサングラスで顔を隠したお供を連れて、太鼓や三線をかき鳴らしながら、にぎやかに練り歩きます。
家に到着したら、まずは仏壇を拝み、そして踊りや歌を披露します。子孫繁栄と豊作を祈る「念仏謡(うたい)」と言われるものです。
アンガマの一番の見どころは、なんといってもウシュマイとンミーの珍問答です。
見物人から質問を受け、ウシュマイとンミーが裏声を使ってトンチの利いた回答をするのですよ。
なんと、2人は裏声しか発してはいけないのだそうです。
方言でおこなわれるユニークなやりとりは、方言を知らない人でもじゅうぶんに楽しむことができます。
「最近何をしても上手くいかなくて、投げやりになってしまう。そんな私でもがんばれば、金メダルもらえますか?」と聞かれ、ウシュマイとンミーは「あきらめた人は輝かしい金メダルはもらえません。それに『投げやり』ではなく『やり投げ』です」と答えるわけです。
川平のマユンガナシ
石垣島に、海のキレイな景勝地で、川平という場所があります。
川平慈英とジョン・カビラの兄弟が、この場所の出身ですね。
この川平には、マユンガナシという神さまがいます。やはり、来訪神です。
旧暦の9月におこなわれる節祭(しち)のときにやって来ます。蓑や笠をつけてマユンガナシに扮し、家々をまわります。
旅人の格好をしていますね。
秋田のナマハゲとおんなじですね。
神の国から訪れる来訪神で、村々に豊年を、人々に幸福をもたらす神として信仰されてきました。
来訪神は、仮面をつけて、選ばれた人が演じているケースが多く、オホホさんもパーントゥもアンガマもマユンガナシも、像としては存在していません。フィギュアではなく、あくまで誰かが演じるための仮面なのですね。仏像よりもずっと、フィジカルな存在です。
これらの仮面は、木でできているものもあるのですが、紙を貼り合わせてつくられているものがたくさんあります。
ここで紹介したものは、人手不足で存続が危ぶまれている祭りのものも多いのですが、仮面をつくるワークショップを開いたりして、次代の担い手を育てているケースもあるようです。
紙製の仮面は、小学校で開催されるワークショップで製作され、この仮面は僕が小さいときにつくったものです、なんてことを言われたりもしました。
その場を異化してコミュニティに揺さぶりをかける来訪神
最初から仏像じゃなく仮面の話になっちゃいましたが、以上が、八重山の弥勒菩薩であるミルクさんからはじまった、南の島の来訪神のお話でした。
来訪神は、基本的には、奇天烈な異形の姿をしています。
なぜかというと、彼らがやって来ることで、そのコミュニティをマッサージし、刺激を与え、コミュニティの活性化を図る存在だから。出現するだけで、その場所が一瞬にして異化されます。だから、ショッキングな姿かたちをしていると言われています。
凝り固まった社会の構造を揺さぶり、そこに風穴を開ける存在です。ときには王侯貴族や政治家等の権力者をおだて、彼らの気分を高揚させたかと思えば、それらの者たちの分厚い権力の衣を剥ぎ取り、辱めたりします。
過去の王朝の栄華を朗々と物語り、奢れる者を戒め、来るべき時代の変化を予言する警句を発したりします。
そういう性質が、ショッキングな姿に表されていると言われています。
沖縄や八重山の神さんや仏さんのことは、沖縄出身の作家である池上永一の著作にたくさん登場します。その集大成の『風車祭(カジマヤー)』にもたくさん登場します。しかも抱腹絶倒で楽しい小説です。
池上さんは沖縄や八重山を舞台にした物語をたくさん書かれている作家です。
下手な学術書を読むよりも、琉球の世界観、物語、風習、文化、歴史、人々がたっぷりと描かれていて、しかも文章が上手いので、とても分かりやすく身体に入ってくるので、紹介しておきますね。
ミルクさんやオホホさんも、もちろん登場します。いろんな神さんや仏さんが登場する物語です。