#121 借地借家法(難しいことは僕もよくわかりません!)-⑦

昨日のブログ(こちら)の続きです。

昨日は,民法の原則では,借地権・借家権の対抗要件として,「賃借権設定登記」という登記が必要になるけれども,借地借家法では,この原則が修正されているということを説明しました。

そして,この「修正」によって,対抗要件を備えることが,民法の原則と比べると簡単になっているわけですが,その「簡単」の意味は,「地主さん・大家さんの嫌がる登記を省くことができる」ということで,借主にとっては,地主さん・大家さんに登記をお願いする手間が省け(しかも,一般的にこの登記は嫌がられるわけですから,お願いは難航する可能性もあります),また,地主さん・大家さんにとっても,賃借権設定登記が大事な土地・建物に付けられることを回避できるので,借主・貸主双方にとってメリットがある,という話でした。

で,今日は,昨日の補足から始めますが,地主さん・大家さんが賃借権設定登記を嫌がる理由についてですが,昨日は「キズがつく」という見かけ上の理由を言いましたが,もうひとつあって(というか,こっちがメインの気がしますが),というのは,「賃借権設定登記を付けたら付けたで,最終的に消してくれるの?」という話です。

借地借家法がなければ,借地権・借家権の対抗要件を備えるには「賃借権設定登記」を付けるしかないわけですから,地主さん・大家さんも,しぶしぶ賃借権設定登記に応じるしかないでしょう。裁判したら負けてしまう=判決によって無理矢理に賃借権設定登記が付けられてしまうわけですから。

とはいえ,当たり前ですが,賃借権設定登記は後で消してもらわなきゃ困ります。地主さん・大家さんとしては,土地・建物を貸している間は,賃借権設定登記が付いているのは仕方ないと思うこともできますが,契約期間が終わり,貸していた土地・建物を返してもらったら,当然,賃借権設定登記は消してもらわなきゃ困るわけです。

その時に,何が必要になるかというと,賃借権設定登記を「付ける」場合とは逆に,「借主」の実印が必要になるんですね。借主が,賃借権設定登記を消すことを承諾する書面に実印を押してくれないと(これに加えて印鑑登録証明書を渡してくれないと),賃借権設定登記が消えないんです。

賃借権設定登記が付いていると,土地・建物を返してもらうときに,貸主に「借主に実印を押してもらわなきゃいけない」というリスクが出てきてしまう。そして,借主が実印を押してくれない(もしくは,借主が借地料・家賃を払わないまま消息を断ってしまったとか)場合は,今度は貸主が訴訟を提起するしかなくなってしまうのです。

賃借権設定登記は,それを付けたら付けたで,土地・建物を返してもらうときに,貸主にとって大きなリスクとなってしまうんですね。世の中,円満に返してもらえる場合だけじゃないんですね。家賃を滞納したり,いなくなってしまったりなど,賃貸借契約は契約が何年も続きますから,状況はいくらでも変わってしまいます。

こういった,期間の経過によるリスクが,賃借権設定登記には含まれているのです。

だから,貸主は賃借権設定登記を嫌がるんです。

ちょっと脱線が長くなりましたが,昨日は,「どうして対抗要件を備えていたら勝てるの?」という問題提起で終わっていました。

これまで,「対抗要件があれば,他の人に権利を主張できる」逆に「対抗要件がなければ,他の人に権利を主張できない」という理屈を前提に,話を進めてきました。

今日は,もう一歩踏み込んで,「じゃあ,なんでその理屈が成り立つの?」という話をしていきたいと思います。なぜ,「対抗要件を備えていたら勝てる」のか,という話ですね。

それは,対抗要件の役割から話を始めなきゃいけないと思います。

まず,不動産の所有権の話です。二重譲渡の例でお話しましたが,不動産の所有権は,「登記」(一般的に「登記名義」と呼ばれるものです)を備えていないと,他の人に所有権を主張できません。

じゃあ,なんで,登記を備えていたら(自分の登記名義に変更していたら),他の人に所有権を主張できるのか。

まあ,もう頭に浮かんでいる方も多いと思いますが,単純な話です。「購入しようとしている土地の登記を見たら,登記名義が売主じゃなくって,なんか別の人の名義になっていたんでしょ?だったら,そりゃ名義人が勝つでしょ」ということですね。

例えば,二重譲渡の例で,先に土地を買った人が自分の名義に変更していて,その後に買った人がいるとしましょう。この場合,後に買った人は,買う前に,法務局に行って買おうとしている土地の登記事項を見たら,その土地が売ろうとしている人の名義から変更されていることが確認できたはずです。なぜなら,あらゆる土地・建物の登記事項は,誰でも見ることができるからです。

そんな確認もせずに,土地を買ってお金を払ってしまったのであれば,その人が,名義を変更している人に負けてしまうのは,仕方ないでしょう。

このことって,対抗要件に一般的に言えることなんです。

つまり,対抗要件って,権利が存在することを,「誰でもわかる」ようにしておくんですね。この「誰でもわかるようにしておく」のことを「公示」と言います。

対抗要件によって,権利の存在が誰でもわかるようになっている。

土地の所有権の例でいえば,対抗要件=登記名義によって,その土地の所有権を誰が持っているか,誰にでもわかるようになっています。

だから,対抗要件を備えている人は,対抗要件を備えていない人に勝てるんです。なぜなら,対抗要件を備えていない人は,自分の確認ミスで対抗要件を備えることができなかったわけですから,その人が負けてしまっても仕方ないからです。

ここで,こんな疑問も浮かびませんか?

「二重譲渡の例だと,先に買った人が登記名義を変更しないまま,後に買った人が登記名義を変更した場合も,登記名義を先に変更した後の買主が勝つことになるけれど,この場合,先に買った人には『確認ミス』という落ち度はない。なぜなら,先に買った人が登記事項を確認した時点では,売主の名義だったから。だとしたら,この場合は,『確認ミス』という理屈は使えないのでは?」

確かに,そのとおりだと思います。

でも,先に買った人には,別の「登記名義を変更するのが遅い」というミスがありませんか?おそらく,先に買った人がすぐに名義を変更しなかったのには,いろんな事情があったのでしょう。売主に騙されたのかもしれません。しかし,そういった事情があるからといって,後に買った人が登記名義を自分に変更しているにもかかわらず,負けてしまうのは,いかがなものなのでしょうか。

じゃあ,仮に,先に買った人が登記名義を変更しなかった事情によって,後に買った人が勝つか負けるかが左右されるとしましょう。

そうすると,誰も怖くて土地なんて買えません。なぜなら,登記名義なんて全然信じられないからです。

例えば,鈴木一朗という人が「東京都港区青山1丁目1番」という土地を買おうと思い,その登記事項を確認したところ,「古田博大」という人が名義人だったので,その古田に10億円を払ってその土地を買ったとします。名義もきちんと,古田から鈴木に変更しました。しかし,実は,この古田というやつが,先に佐藤という人に売却していて,その佐藤が古田に言われるがまま名義を変えずにいたという事情があったとします。

もし,このような事情があることを理由に,鈴木が負けちゃうとしたら,そんな社会はこわくないですか?

だって,鈴木としては,登記に「古田博大」が名義人と書かれていたからこそ,古田博大から購入したわけで,「実は古田が鈴木に売ってました!」なんて事情で負けちゃうなら,登記なんて全然信じられませんよね。

そうなんです。登記が信用できないなら,こわくて土地や建物なんて買えない。

だからこそ,登記を信頼できるように,登記名義を備えた人が勝てるようになっています。

その結果,二重譲渡の例で,後に買った人が先に登記名義を変更していた場合に,先に買った人が負けちゃうんですね。登記の信頼を維持するためです。

(あの,もちろん,後に買った人が売主とグルで,一緒になって先に買った人から購入代金をだまし取ったということであれば,先に買った人が登記名義を変更していなくても,勝つという結論にはなると思います。)

対抗要件には,こういった,①「権利の存在を誰にでもわかるようにしておく」という役割と②「対抗要件自体の信頼を高める」という役割があるんですね。

誰が権利を持っているかは,対抗要件を見ればわかるし,その対抗要件の信頼性は,対抗要件を備えた人が勝てるような制度設計を行うことで,高められているわけです。

このことは,借地権・借家権の場合も同じなんですが,今日は時間がきましたので,ここまでにします。

それではまた明日


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