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【明日のために今日できること 】

今年は年明けから色々と大変なことが起こって、ちょっとの間とてもザワザワしていた。何せ、ダンサーインザダーク(ご存知の方もあるかもしれないあのビョーク主演の映画)を見てショックで発熱した経験があるってくらい、世の中の騒めきの波動をまともにくらってしまうのである。考えてみればそんな自分に昔は「こういう敏感な自分はダメな自分である」というレッテルを貼ってひたすら自分責めをしていたような気がする。

確かにちょっと前の世の中(土の時代と呼ばれる頃)の考えでいけば、こうした感覚は出来るビジネスマンとして不要な感覚で、敏感すぎる感覚は当たり前にNGと判断される時代であった。そして元々の「自分責め」のクセも相まってますます自己肯定感を下げる悪循環を作り上げてしまっていたのかもしれない。

しかし時代の流れと共に世の中の価値観自体が変化した。目に見えない世界の話をすることやHSPとかアダルトチルドレンという言葉が普通になり多様性を認めようという価値観が優先されるようになってきた。だから今は他人の物差しで決めた当たり前で自分を責める理由がない。それに加えて私の場合は何より、自分の内面と向き合った結果それが「自分そのもの」「私の個性」であるということがすっかり腹落ちしたということが大きい。


とはいえ、このザワザワした感じを持ったまま、前に進むというのも難しいことには変わりない。

ということで、今現在同じようにザワザワしている人や、将来に向けて絶望し切っている人達に試して欲しいことがある。

それは、「明日のために今日できること」を考えるということ。

人生は毎日1分1秒、選択の連続でできている。蜘蛛の巣のような選択肢がいくつもいくつも

重なって、あみだくじ的に選択して進んでいく。今ここが小さい一歩であったとしても、ずーっと進んだ先には全然違ったところに辿り着く。そう考えると遠い将来ではなく、今ここに目を向けるという方法は悪い考えではない。

物事の大半は、後になってからしかわからなというより後からだからわかることの方が多い。

あの時これがあったからここにいる。あの時ああしたからこれがある。だから今は、何が正解かの答えを求めるより「今」に気持ちを向けて、明日へ命を繋げることを考える。なにも思いつかない時は、まずは気持ちが彷徨うのを止める。自分の内側に戻る。そして「明日のために今日は何をしたら良いだろうか」と自分に問いかけ思いついたことをとにかくやっていく。それがたとえ目標としていることと全く関係ないことでもだ。それがどこに繋がっていくかなんて、今考えたってわかるはずもないし、わからないから人生は面白いのだ。


結論。

明日のために、今日できること。

それが希望でありたったひとつの光なんである。


#着物ジャーナリストのひとりごと

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