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アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場(2015年)

アラン・リックマンの遺作。
監督はアメリカの中佐役で登場していたギャヴィン・フッド。
何の予備知識もなく見始めたのですが、あまりにドキドキして、一度途中で見るのを諦めてました。
気を取り直して再チャレンジ…やっぱりドキドキして、途中意味なく立ち上がってウロウロしながら見たりしてました。
子供が出てくる話は、よけいにドキドキハラハラしますよね…。
出てくる国、組織、ドローン等実在のものです。
鳥や昆虫型の小さいドローンは、これは実際にはないだろうと見ていたら、実用化されているかは別にして、似たようなものは既に開発されていてもおかしくないようですね。
ネタバレあります。

あまり声高に、自分の意見を主張する映画ではありません。
どちらの国や組織が正義だとか、救うべきは誰だとか、戦い方の是非などは、映画の中では断言していません。
あくまで、淡々と物語は進んでいきます。
物語の中の進行時間と、作品時間がほとんど同じです。

現代の戦争は、本当にこんな感じなんでしょうね。
現場(と言っても、アフリカではなくイギリスですが)に法律の専門家がいて、一つ一つの行動に、法律的に問題がないかをチェックしている。
アメリカ軍はアメリカ軍で、会議室で見守る高官たちと、実際にドローンを操縦している兵士たちがいる。
それとは別の場所に、ホワイトホールにはイギリス軍のトップと政治家たちがいて、逐一政治的に問題がないか確認している。
湾岸戦争の時に「ニンテンドー・ウォー」と言われてから長いですが、遠隔の戦闘になってからのほうが、兵士たちのPTSD発症率は高いらしいです。

この映画の優れている点は、今この少女を救う方が、あるいは今後起こるテロを防ぐほうが、優先されるべきだとは、言っていない点です。
どちらが大事かこの映画は断言していません。
同じように、決定的な決断を下す責任から逃れるために、どんどん上役にパスを回していくことにも、呆れ顔はしますが、それがないほうがいいとは言ってません。
何と言っても人の生命をうばう決断だから、慎重になるというか、自分がしたくないのは分かるよね…という雰囲気です。
とは言え、ここに爆弾を落とすと周辺の人の死亡率は65%とか50%、45%なんて、机上の空論です。
1人の人が死ぬのに65%も45%もありません。死ぬ時は死ぬのです。それもハッキリ描いています。

この映画が言っていることは、どの決断が正しい、どちらかの陣営が正しいということではありません。
戦争自体がひどいものだし、犠牲になるのはいつでも生活者、子供や弱い者だということです。
そしてそんな中でも、住んでいる人たちはいて、ギリギリの中でも生活は続いていくということも、現実なのです。

女の子のお父さんは、近所の人が来ると娘の勉強道具を隠します。庭でフラフープをしている娘を咎められたら謝ります。
お父さんの前ではもちろん遊んでいいよ と言いながら、狂信者を刺激しないように、表面的には合わせて生活しているのです。

パンを売る少女が、最初に登場した時から皆同じ結末を想像します。
でも映画だしそうならないといいな、救いがあるんしゃないかな…と思って見ていると…。

ケガをした少女を、お父さんが抱えて「助けてくれ!」と叫んでいると、通りかかったアル・シャバブのメンバーが、トラックから銃器を払い落として、女の子とお父さんを病院に連れて行ってくれます。
イスラム勢力を悪と決めつけた描写をしていない点もいいと思います。
戦争なんて、どちらの側にも正義というか言い分があるのです。

ラスト、政治家の女性に「恥ずかしい戦い方」だと責められたアラン・リックマンが「私は何度も現場を見てきた。一部しか知らないくせに全てを知ったつもりで、現場にいる人間を責めるな」と、一喝します。
このセリフ、戦争に限らず、安全な場所から新聞やテレビ、ネットで見ただけで色々意見する我々に向けられた言葉ですね。
じゃあ実際どうしていけばいいのか…が難しいところではありますが。

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