*白紙の私・続編・1
「ねぇ、今日の夜ごはんスーパーの惣菜お互いに好きなもの買いに行こうよ!たまにはそんな夜ご飯食べてみたいな」
ピーンとはっていた糸が何の前触れもなくプツンと切れた感覚を覚えた。
自分のしてきた事が一気に全否定された気分になって、作りかけのクリームシチューの人参を切る手を止めて、おそるおそる後ろを振り返ったら、能天気なくらい、大真面目なくらい、不器用なくらい真っ直ぐな娘の瞳が、逃さないように私の瞳をこれでもかと言うほど見つめていた。
ピンクが似合ってピンク色に染まってほしくて『桃香』と名前をつけた。
ーーただ、ただに母親になりたかった。
母親になれば、すべて上手くいく気がしていた。
両親から気にかけてもらえなかったのに、大手企業の内定を『県外に出て、親元を離れて暮らしたくない』っていう誰にも言えない理由で断ったことも、いつもどこか冷めていて『みんなで一緒』が苦手で、取り残されたように愛想笑いばかりしていることも…
母親になりさえすれば、すべて解決できる気がしていた。
「桃ちゃん、桃ちゃん」って呼ぶと黒目が大きくて、色白でストンとした黒髪はストレートで決して美人ではないけど、笑うとえくぼができて、熟した桃みたいに安心したように笑ってくれるその笑顔が見たくて、「桃ちゃん、桃ちゃん」って呼んでいればすべて上手くいく気がして、用がなくてもずっと「桃ちゃん、桃ちゃん」って呼んでいた。
母親になっても、なってからも、汗を吸い込んだ渇いた気持ちだけ残っていて、傷口はまだジュクジュクしててずっと乾かない。
「今日はもう夜ごはん作りかけちゃってるから、明日スーパーに一緒に行こうか。そうだね、お互い好きな物買おっか!」
やっと作った声色と笑顔でそう答えるのが、今の私の母親としての精一杯だった。