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飛田新地心中®️18

黒髪に白粉と男の唾液の臭い…それが私だ。

世界中の観光案内にも載る色街、「飛田新地」が私の生きる場所。

昔風の民家の玄関先で、豪華な生花と一緒に強い照明を当てられて振り袖姿で三つ指をつく私は人形。

寒いとか暑いなんて関係ない。私は人形なんだと言い聞かせながら下唇を軽く噛む…顔には飛び切りの笑顔を貼りつけて。

色々な客を取り、シャワー浴びる場所も時間も無い…擦り切れて疲れて弱る私の心を見透かす様に現れるのは救いの手じゃない。

「姉ちゃん、えらい疲れてるなぁ…良かったらこの薬使ってみーひんか?お金はええから」

軽薄な売人の客の肩に上着を掛けならがら、角が立たない様に断わる。

「要る時はお願いするわ。ありがとう」

そう言っても、小さなビニール袋に入った白い結晶を強引に渡された。

数えきれない位の遊女達が破滅へと突き落とされた…薬。

何故か…白い結晶の粉末を私は赤黒い血の色に見えてしまう。

もう…何人もの売人の客から貰った「最初の一袋」は致死量位には貯まっている。

問題は何時、誰と逝こうか?

1人は寂しいから…好みの男性が来たらビールに入れて心中しようと決めている。

幸せとはかけ離れた人生だったと…客が飲み残した瓶ビールをグラスに注ぎながらぼんやり考える。

「A…さん」

私が新地に売られて来た時に世話になった男を思い出し柄にもない涙を流す。

まだ黒い髪は茶色に染め、白粉も誰の唾液の臭いも無かった私…家族の借金を払う為に売られた娘。

そんな哀れな娘の心と身体のケアをしてくれたのが、Aだった。

彼としてはビジネスとしての付き合いだっただろうけど、恋愛なんて縁の無かった私には必要な男だったのだ。

噂ではもう何年も前に風俗に堕とした女に刺されて死んだと風の噂で聞いたものだ。

情か恋か分からないごちゃ混ぜな感情が、彼に対し確かにあった…今、Aが存在していたらなば一緒に致死量を越えた薬を飲んで心中しただろうに。

「下唇を噛む癖は相変わらずか?」

突然、低くよく響く声が聞こえた。

黒いスーツを着崩したAが私の背後に立っていたのだ。

「Aさん?…なんで?…」

「久しぶりやな…元気そう、では無いわなぁ」

優しく私の頬を両手で包み込みながら言うAの顔は…黒く塗り潰された様に見えない。

だけど、この優しい言葉と手は間違える筈もないAだ。

会えなかった年月を埋める様に情事は始まる。

人形が人間の女として抱かれるのは何時ぶりだろう。

涙は止まらない…ただ、Aにしがみ付いていた…が、背中に回した手に異物が触れた。

「Aさん…背中に、何?」

甘い情事に不似合いな感触を確かめながら尋ねると、Aは低く笑い声と共に答えてくれた。

「ああ…女に背中を刺された時の包丁やなぁ…散々、金の為に女を地獄へ落としてきたんや仕方ないわなぁ…けどなぁ、お前にだけはちゃんと会いたかったんや…惚れてたんや」

思いがけない愛の告白に私は涙を流しながら、Aに縋り付くと熱に浮かされたみたいに泣きながら言った。

「私も…Aさんが…アンタだけや…一緒に連れて行って…」

するとAは少し身体を強張らせた後に深い溜息を吐くと、私の首を骨張った細くて長い指で締め上げた。

顔は黒く塗り潰されてはいたけれど、私達は長いキスをして…果てた。

後日、「飛田新地」で遊女が1人で変死体で発見されたのと同時に…近くのドブ川で男の白骨死体が見つかったのは偶然だったのか?

誰にも分からないし、花街が変わる事は無い。

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