ヤンデレを考えてみた
好き好き好き好き愛してる、愛してるから愛して欲しい愛されたい触って抱き締めて身体の奥の奥まで満たされたい。
君の全てを魂も身体も全部全部、私だけで満たして塗り固めたい。
其れ程に愛している。
愛があれば全ては正義だと言う客達の陳腐な言葉を聞いて鼻で笑う。
どうせ口だけ、心の底から思って通う客なんて居たとしても邪魔なだけだけど…矛盾して考えにアリスは暗く笑う。
それでも見方によってコロコロ変わる日和見な正義などに愛が在る筈が無い。
あるのは打算や偽善位のものだろう。
愛は最も人間性を剥き出しにしていると橘アリスは考えている。
純粋過ぎる感情は純度が高い程、狂気的な面が出てしまうのは仕方がない事、赤い芥子の花も其れだけならばただの綺麗な花だけど精製すれば麻薬になるのだ。
思えば胸に秘めた恋心は麻薬に似ている。
好きになってはいけないと思えば思うほど深みに入って抜け出せなくなっていくのだから…だけど、底無しの沼から嵌って抜け出せない感覚は嫌いでは無い。
薬や酒に酔った様な酩酊した状態で、自我を失う位に人を愛する此の感じは堪らない。
自殺を試みる時の気持ちとは対極だが、何故だか良く似ている。
アリスは死にたいのでは無い、新陳代謝をする様に膨大な情報量や其れに基づく推察…煩わしい自分の回転し過ぎる頭脳を弛緩したいだけなのだ。
どれ程、優秀な精密機械も常に稼働していればガタがくるし休養は必要だ…例えどんな形でも。
少し暖かくなってきた風を受けて、横浜の港から海を眺める。
綺麗と手放しでは言えないが、アリスは横浜の海が好きなのだ。
何処か彼に似ているから。
清も濁も全てを受け入れてくれる…そんな横浜の海は今は静かに凪いでいて愛する男の瞳を想わせてくれる。
何故、何処がそんなに良いのか?と周りに聞かれてもきっと三日三晩、喋り続けても語り尽くせないだろう。
然し、簡潔に言える言葉は用意している。
「運命だから」
其の一言に尽きるのだ。
勿論、静かな瞳や赤い髪に端整な顔立ちをしているのに、身嗜みを気に留めずに無精髭を生やしている所や凄腕の銃の遣い手の癖に滅多な事では其れを使わない所、頭が良くてどんな状況でも表情を崩さない所やアリスを独りの年相応の女友達として扱う所や煙草を持つ仕草や歩く後ろ姿や優しいのに色気のあるあの低い声とか、意外と天然だったり子供に優しい所とか髪の毛の一本から足の爪の先まで、アリスは彼が好きなのだ。
当然、彼の髪の毛等は「Dコレクション」として自前の倉庫に大切に並べて保管している。
彼の部屋から出るゴミ袋は自動的にアリスの元に運び込まれる様にしたのだ。
髪の毛も体毛も爪も食べかけの歯型の付いたパンや、鼻をかんだちり紙や自慰行為の使用済のちり紙…全てを丁寧に分類しては防腐加工を施して密封しては飾っていく。
広過ぎる倉庫に整然と彼の欠片が集まっていくと、アリスの魂の虚ろが塞がる気がした。
こんな汚くて酸化していく色褪せた世界に於いてDだけが、鮮明にアリスの闇色の瞳を釘付けに出来る唯一の存在で魂を震えさせてくれる。
橘アリスとDは彼女が務めるキャバクラで社長の「友達」として出会った。
その時から、Dはアリスの「特別」になったのだ。
Dはアリスも名前だけは知った有名ホストクラブから独立して、今は「内縁の妻」と一緒に暮らしていると社長から情事の後に聞いた。
ナイエンノツマ?ツマ?確かに彼の歳を考え、魅力を思い出せば女が居たとしてもおかしくは無かったが…理解と感情は別物なのだ。
白い太腿に良く研いだ銀色のナイフを突き立てて、痛みで自分を落ち着かせる…そんなアリスの身体は傷だらけ。
それでも、包帯を隠しもしないで露出の高いドレスを纏う彼女には崇拝者とも言える熱心な太客が何人も存在する。
そんな彼等にたまに身体を自由にさせている事に対して何も思う事は無かった。
だが…Dに出会ってからアリスは枕営業はしていない。
他の新人ヘルプを当てがって、客達の欲望を満たしている。
気が狂う程に恋しい男がいるのだから、他の男に触られるなんて冗談じゃない。
アリスは見た目だけのキャバ嬢では無いから、そもそも枕営業の必要も無いのだ。
それでも、長い付き合いの太客達には礼を尽くす。
「少し、趣向を変えてみましたが如何です?」
自分に似た女、男から少女や少年が集められた写真集風のオーダー帳。
遊び慣れた太客達には大好評で、更にアリスを指名する客は増えている。