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景気の一面を見た!

コラム『あまのじゃく』1957/9/8 発行
文化新聞  No. 2659


客の要望に応える値段 

    主幹 吉 田 金 八 

 月に一度くらい紙問屋に顔出しをするので出東する。
 東京に出ると思い切り『活動』(と言っては子供に笑われるが、筆者には活動写真が浅草の三館共通時代からの口癖であり、シネマとか映画とかすんなり出ない)を見てくるのが楽しみだが、昨日も有楽街に行って『最後の突撃隊』(決死隊だったかな)と『翼よあれがパリの灯だ』を見た。
 戦争は嫌いだが、戦争ものと飛行機の出るものが何より面白い。こんな時の食事は決まって映画館に入る前に、朝日新聞裏の一間間口のウナギの寝床のような、安食堂で済ませる例だが、 いつも客の混んでいない事のないその店が、ちょうど昼時だというのに、私が入ったら客は一人か二人しかおらず、ガラ空きである。珍しい事があるものだと思ったら、気のせいか店主もいつものおばさんと違うような気がするが、その点は年に何回かのお客である私にははっきりしない。
 経営者もしくは店番が違えば客の人気を左右することもあるし、おばさんが変わって客が逃げたのかなと思いながら、コップの水を飲んで店を出た。
 朝日新聞社の横を通って、日劇の表へ出ようとしたら日劇の店舗の一部だったと思うが、立派なレストランのショーウィンドウに、ランチタイムの大サービスとして、ライスカレーが50円、ハヤシライスがいくら、何がいくらと安い値段が出ていて、なるほど客がいっぱいの様子。
 先刻の店はライスカレーが60円、支那そばが40円で、今までは安いと思っていたが、こうしたお店がこんな値でランチサービスを始めたのでは、常連も移動するのは無理はないと、今更に商売の人気とお客の現金さをしみじみ感じるとともに、東京の盛り場の店も競争が激しくて容易ではないなと同情した。
 映画館を2つ歩いて4時ちょっと過ぎ。その足で日暮里の紙屋に行ったが、途中、道順でたまにしか取引しない店に寄ったら、格好な値の品があったので、小型1台分頼んで、それから毎度の取引の店に行った。
 ここでも前の店よりはるかに良い品が同じ値で小型自動車で2台は十分あり、代金の支払いで二の足を踏んだら、「お宅なら、 いつでも良いから」ということで、思い切りの仕込みが出来た訳だが、この店で襖紙問屋の店じまい品を千貫も買い受けたとの事。
 その現品も見せられたが、処分値は小売り市価の十分の一くらいの驚くほどの値段で、東京には色んな面白いものが転がっているものだと感心もするし、これから経済界の変転常ならずで、いろいろな異変が起こることが予想され。 心寒いものがあった。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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