ボロ自動車の弁
コラム『あまのじゃく』1951/7/12 発行
文化新聞 No. 129
好みは千差万別⁉
主幹 吉 田 金 八
本社の乗用自動車を車体検査に持っていったら「あんまり文化的ではない自動車だなぁ」と検査官に冷やかされた。もっとも1935年式と言えば、今から十五,六年前のもので、当時の軍用車で、おそらく佐官級が「ササゲツツ」をされたと思しき『チヨダ』という超大型のホロである。
年式は古いが走行マイル数もごくわずかで、車体は堅牢、エンジンも好調子、飽きずに乗ればまだあと20年位は十分に乗れること請け合いの代物である。
文化生活とは、体裁の良い生活、モダンな様式だと世間は思っているらしいが、私の理想とする文化生活、文化社会は決して形式だけの文明的な、不必要な道具を飾り立てて、面倒くさい交際や見栄を張る生活でなくて、機械や乗り物は自由に駆使して、仕事や生活内容は豊富にするが、生活の様式は努めて簡素化して、医者もデパートもいらぬ原始的な生活に戻ることを念願としている。
人間なら7名、荷物なら300貫位お安い御用のこの自動車も、5万円位の三輪車と交換したもので、新台自転車3台分の代価で相当有効な機動力を新聞社に持たせている点、文化的であると誇示する次第である。
形状や塗装を相当高く採点する車体検査方式にも私は反対である。
体裁は自動車の安全機能には関係ないのではないか。
昭和11年195円のボロ「フォード」を買って、使用し始めたのがやみつきで、ボロ(形の上だけは)自動車、ボロオートバイに縁の切れない筆者は、車両走行の実績は東日本をあまねく、ハンドル歴35年、一回も事故を犯した事は無い。
『ボロ自動車』即『文化新聞』の弁。
コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
【このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします。】