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白足袋 吉田家の人々

コラム『あまのじゃく』1951/7/29 発行 
文化新聞  No. 134


先行き不透明な日本丸

    主幹 吉 田 金 八

 戦争で細君を失った吉田オッサンが後妻をもらうのに本気です。
 オッサンの見たてた米子嬢は女っぷりも良し、持参金も沢山持ってくるとあって親父殿は大乗り気です。
 嫁さんをもらうからには一家に波風が立っては来る嫁さんも可哀そうだし、親父殿の立場も辛いので、一家揃って仲良く受け入れ体制を整えたい、と親父さんが気を揉んでいます。
 長男の民雄さんは、嫁さんには異存はないが、ご祝儀座敷の席順がどうこうと多少の文句をつけていますが、これはどうやら納得しそうです。
 次男の社会君はお父さんの嫁さんばかりもらうのには不服で、兄貴のや自分のも一緒でなくては嫌だとごねて、結婚式に参加することにすねています。
 下のほうの弟や妹は、新しいお母さんが来ると言うので既に前もって届けられた調度品やお土産品を取り巻いて、大はしゃぎです。
 子供たちは家庭の苦労や兄さん達の意地の張り合いもわからないし、親類の思惑も考えないから無邪気なものです。
 嫁さんの実家では、次男坊の言い草を気にして持参金を手心しようと考えているらしい模様です。うまく結婚式の日までに家庭会議がまとまれば良いが、社会くんのスネ様が手強いので、どうやら社会君だけは式場に不参列になるのではないかと危ぶまれています。
 そんなに頑張るのなら、社会君は自分の好きな娘さんを引っ張ってきたらよかりそうなものですが、月給が安くて親父のスネをかじっている現状では、親兄弟から離れて独立家庭を持つ力もございません。
 嫁さんがきてからうまく収まれば良いな、と弟さんの先生が吉田家の人々の行く末を案じています。
(*編者注 的を得た諷刺に、70年後の現在でも感心させられます。)


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
【このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします。】

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