二等車でスト応援の国鉄夫人
コラム『あまのじゃく』1952/12/4 発行
文化新聞 No. 540
親方日の丸 いつまで⁉
主幹 吉 田 金 八
国鉄労組が賃金ベース引き上げと越年手当要求の闘争を展開しているが、この団体交渉決裂に憤激した熊谷地区の組合員の夫人たち十数名が、20日朝7時50分熊谷発の快速列車『あかぎ号』で「いざとなれば座り込み戦術もやります」と中央への陳情のため出発したが、その出発の姿が2日読売新聞に写真となって載っていた。
驚いたことには、この夫人たちは麗麗と二等車に収まっている事である。
高校1年の長男の知識を試すために、「この写真のどこかに変なところはないか」と示したら、「父ちゃん、ストに行ったり来たりするのに、しかも家族が二等車はおかしいな」と子供にも気づく不自然さであり、こんなところで国鉄とその従業員のあり方について、意外な馬脚を現したことになる。
『あかぎ号』には三等は無いのかと聞いてみたら、三等があると明快な答えである。
「もしかして『三等代用』と言う手もあるからな」と論評の材料にするにはしっかりした根拠がなければ、と念を押せば、「父ちゃんは飯能をちょっとも出ないから知らないが、国鉄は戦前以上に整備されて立派になっちまったよ。『三等代用』なんて間に合わせは終戦直後のことで、そんなことを言えば人に笑われるぜ」と反対に冷やかされる始末であった。
そうしてみると、この国鉄職員の夫人たちは「月給を上げなければ汽車の煙を止める」と言う運動の一端を担ぐ為に、家族パスで二等車を利用したということが明らかになる。
「ちゃんと汽車賃を払いました」と言う弁解は「食えないから月給を上げろ」というストをやっている建前から、論理が立たない。
これは明らかに国鉄職員が国家の施設を私用視している証左とも言える。
鉄道職員の無賃乗車問題はしばしば問題となるところだが、これはある程度やむを得ないのであろう。
「絶対まかりならぬ」と規則で決めて見ても、何とでもお手盛りでごまかされることだから、むしろあんまり厳格にキメつけずにある程度ゆとりを持たせて、混んでいるときは制服職員は座席を遠慮する、位の条件をつけて認めねばなるまい。
電産にせよ国鉄にせよ「思いが通らねば電気を切る」「鉄道を止める」と言う考え方は、明らかに自分たち達が動かしているから主権者だと言う、思い上がりではないだろうか。
なるほどストの手段としてはこれ以上有効な方法はあるまい。だが、電気にせよ、鉄道にせよ、現在これに従事している従業員だけで完成されたものでもなければ動いているものでもない。
石炭が足りなければ国鉄は国民の血税の中から、国民の何割かが住むに家のない状態を捨て置いて、炭鉱労務者のために何百億の特別融資をして、工夫の抗夫の住宅を急設したり増産の施政を行っている。
その利子の割戻しだけでも今議会で問題になっている22億円になると言う位の莫大さではないか。
今国鉄が独立採算制になり黒字になったからといって、電気事業が儲かってきたから、といってその全てが現在の従業員の勤勉と努力だと思うのは思い上がりである。
電灯にせよ国民大衆は不当と言いたいほどの冬季料金に甘んじ、その結果として現在の電気会社の黒字が生まれたといっても過言ではない。
だからと言って私は電産や国鉄のベースアップのストを悪いと言うのではない。ただ国民全般の収入程度や、他の官公庁、同種業態の労働者の賃金ベースも考えてからのことにしてほしいと思っている。
しかし電産、国鉄の諸君にしてみれば、この二大産業のベースアップは全労働者のベース引き上げの誘因となるとの指導者的役割を意識、目途としていることかも知れないから、その辺のことになると記者の不敏な頭では口をつぐむより他ない。
ただストの方法が適正でないと国民大衆が支援しないということである。
国民の大分は労働者であっても、ストをして賃上げを要求すれば事業自体が参ってしまって、卵を得るために鶏を殺すようなことになるので、ストのできない労働者で占められているということである。おそらく農民にしてもそのとおりである。
その大部分の農民労働者から見れば、家族が二等車でストの応援に行ける国鉄の諸君は、労働貴族のごとく映ずることであろう。
熊谷駅のスナップは、心なき職員夫人たちのちょっとした不注意な現場を、機敏なカメラマンに撮られたものと解して、深く咎めたくないが、『公器の私物視』は厳に戒めたいと一言苦言をものした次第である。
コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】