※「HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024」の感想や一部の内容について記述があります。これから行かれる方はご注意を。 私は、宇多田ヒカルを気にかけている。昔からなんとなくそうだったけど、ツアーを初めて見に行った6年前にはっきり自覚した。私と同学年だし、もちろん話したことなどないが、娘を見るような気持ちで、なんなら実の娘よりも心配しながら、勝手に気にかけている。 なぜか。心許ないというか、危なっかしいというか、落ち着かないというか、
親譲り、かどうかは知らぬが無鉄砲で、小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分から足はめっぽう速く、相手をよく抜いた。選抜チームの指導者がはるばる視察に来ることもあった。町場のクラブでそれほど目立つのをやっかんだのか、「速いだけではないか」と陰口をたたく者もいた。追い付けないのだから速いだけでいいじゃないか、と心中毒付いたのは間違いでなかったと今も思っている。 中学、高校と地元の伝統あるクラブに通い励んだが、自分で思うほどは陽の当たらぬ生活を送り、ついに大学に進んだ
あ、部長。ここです。おつかれさまです。生中でいいですか? すいませーん。生中2つお願いします。料理はさっき適当に頼んでおきました。 いやあ、今日忙しかったですねえ。でも誘っていただいてありがとうございます。僕も部長に聞きたいことあったんですよ。 「おう。何だよ」 まだビールも来てないのにすいません。僕も5年目で、前より仕事覚えてきたとは思うんですけど、なんか壁に当たってるっていうか。営業の成績もあんまり上がらないし、森さんとかには仕事が遅いってよく言われるんですよ
「違いをつくれる選手」というのは、サッカー界でしか聞かない言葉かもしれない。局面で優位をもたらせる。ボールを持てば何かを起こす。そんな選手がいれば、11人と11人がしのぎを削る試合の膠着は破れる。 「上位対決」と銘打たれた名古屋ー神戸。前半は神戸が、後半は名古屋が、野球の表と裏のようにそれぞれ攻めながら、相手が最後のところで踏ん張った。3万9000人近く入ったスタジアムが沸く瞬間は数えるほどでも、選手たちは体力と神経を大きくすり減らしただろう熱戦だった。 その結果は
第10節、名古屋は1-2で浦和に敗れた。名古屋の唯一の得点は0-2にされた後、後半アディショナルタイムだった。大事なのは、勝つか負けるか。0-2も1-2も負けは負けだ。ならば、最後の最後、和泉が押し込んだ1点の意味とは何だったのか。 その1点は、ある意味で和泉らしかった。名古屋の選手として挙げたそれまでの13点は、大卒ルーキーだった2016年まで遡っても、勝ち越しや同点にして試合を動かすゴールがほぼないのだ。唯一の決勝点は19年8月、吉田豊のシュートが頭に当たってコース
あまりにもよく動くなと思った。足ではなく、手が。 鹿島との開幕戦。名古屋の森島は最終ラインまで頻繁に下がり、そのたびにボールの行き先を指示していた。自身とは反対のサイドを高く指すこともあれば、両手を膝の辺りで広げ、足元へのボールを求めることも。忙しく意図を示す両手は、あまり見ない光景だった。 なぜ珍しいのか。トップレベルなら「言わなくても分かるから」であり、さらに言えば「いちいち言わなきゃ分からないようでは戦えないから」だろう。ではなぜ、何度も指示を出したのか。おそ
あ、行った。目の前にぽっかり空いたスペースに吸い込まれるように、彼はドリブルを始めた。なぜだろう、進んだ分だけ相手が下がる。気付けばそろそろペナルティーエリア。どうする? 強めのパスは、サイドに2人もいたフリーの味方の真ん中へ飛んで、そのままタッチを割った。 私も、たぶん彼も、ドキドキしてた。大きくなった鼓動を我慢しきれなかった。でも、すごい。自陣なら、落ち着いて相手をかわせるようになった。彼にボールが飛ぶたびスタジアムじゅうがハラハラして妙に静かになった3年前がうそみ
2022年夏からわずか1年間、レオナルドというFWがグランパスにいた。以下2023年7月筆。 「人は欠損に恋をする」。西原理恵子の漫画で、登場人物の高須克弥はそう言った。足りないものを見つけた人は、それを補うために理解者になろうとするのだという。口下手な漫才師、忘れっぽいウェイター、寒がりなペンギン。あるべき能が抜け落ちた穴は、ときに愛嬌と呼ばれる。 「サッカーが下手なブラジル人」もまた、その系譜に連なる。名古屋の背番号92、レオナルド。言って悪いがこの男、一見してど
初めてタバコを吸ったのは、たぶん20歳になる少し前の同窓会だった。白木屋でかなり飲んで、サカシタさんのラッキーストライクを興味本位でもらったのだった。背が低くてリスっぽい女の子。「最後の1本なのに」と不満そうだったけど、火をつけて当然思い切りむせた僕を見たら笑っていた。 店を出てから、なぜか何人か僕の家に来て泊まっていった。市内で一番の進学クラスに僕はあまりなじめず、サカシタさんともほぼ話したことはなかった。サカシタさんは部屋にあったチバが表紙の雑誌を見て、「チバだ。こ