【散文詩】半自動筆記に依る夜想曲(12)-2:『メルキゼェデクとイスマイールとバラモン』-2
此の世には華美と無縁な存在が在る。聖者や賢者と呼ばれる者が其れだ。尤も、後者の信奉者が亡骸を蠟で塗り固めた処で、彼岸に於いて縁が有るとも限らないが、上述の事実を裏付ける出来事があった。其の日、私は荒野を横切って居た。其の砂と岩以外に、強いて曇天が有る程度の有様は、彼のカナンの地を強く想わせた。そんな中、遠くに人影が視えた。其の珍しさと、荒野の退屈さに、私は人影に強い興味をそそられた。間近で見た二人の人影は荒野に於ける冗漫と倦怠を驚愕と霹靂の大地に一変させた。
此処に、男(か、其れと思しきもの)が二人居る。一人は、髪も髭も伸び放題で、如何にも聖者らしい痩身を晒し、地に打たれた杭に縛り付けられ憔悴した様子だった。もう一人は、如何にも兵卒と云った屈強且つ凶暴な風貌で髭を剃り上げ髪の毛は大層薄かった。兵卒風の男は、手にした得物で縛られた聖者を所構わず、まるで害虫かの様に打ち据えた。其の得物、驚くべき大きさの羽箒を振り抜く度、更に驚くべき事に、如何なる鞭より怖ろしい音を立てて聖者を責め苛んだ。苦痛に悶える聖者は数打毎に、口から黒い何かを吐瀉した。黒い吐瀉物は細部を見て見ると、其れ等は一つ一つが文字の連なりで出来て居た。其れ等は、形有る語句の山だった。余りの非道に、私は駆け寄り乍ら警告した。
『乱暴はお止めなさい!!!一体此の人が何をしたと云うのですか!!!』『よぉ大将、悪りぃが此れが俺の凌ぎなもんでね、どんな神様の悪戯だか何だか知らねぇが、他人の横槍で簡単に止められる程世の中甘くはねぇのさ。』言い終わると、羽箒を振り抜く勢いがより一層激しく成った。私は義憤が収まらず、男が大きく振り被った際、腕に飛び付いた。
『おい大将、其りゃ何の冗談だ?俺は此の救世主様から有りっ丈の言葉を搾り尽くさにゃならんのだ。解ったら、さっさと手を放しな。』男は苛立ち気味に私に警告した。しかし、手を放す等言語道断、其んな気は毛頭無かった。
『此の人に暴力を振るうのはお止めなさい!!!一体此の人の何処が預言者や大祭司だと云うのですか!!!悪逆非道を以て得る生計なんて、人として恥ずべきだとは思わないのですか?他者の生命を脅かして迄、人を橄欖の様に搾り上げて迄、出させる言葉に、価値等有るのですか?貴方のして居る事は、只の瀆聖です。貴方は此の世に、神無き世の経典でも打ち勃てようと云うのですか!!!』
渾身の力と魂を込めた説得が届いたのか、男は何時の間にか手を止めて居た。私が其れに気付き、手を離すと、得物を投げ棄て縛られた聖者を解放した。聖者は一体何処に其んな力が残って居たのか、一目散に逃げて行った。聖者を見送り乍ら、搾詩家は口を開いた。
『…正直、神様の王国が千年続こうが万年続こうが、其んな事ァ俺にとっては卵が先か鶏が先かと同じで単なる摩耶跏思の類でしかねぇな。簡単な事さ。卵も鶏も皆ンな仲良く飯の種、腹の中に収まるが良いさ。勿論御国だってな。それに…』
言い終わるかの間、瞬き程の間も無く、私は男に組み伏せられた。『あんたの方が生で活きの良いのが搾れそうだ』
摂理無き此世の条理、即ち、無神学論大全なる物、其んな物を纏め上げられる人間が此世に
若し居るとすれば、悪魔其の者の笑いを浮かべた、目の前の此の男以外には、考えられなかった。
<続>