残夢【第一章】①手錠
女は髪を振り乱して俺から逃れようともがく。手首は白くて折れそうに細い。
俺はそのコートから伸びでた手首を素早く掴んで捻りあげ、女がそれ以上抵抗できないようにブロック塀に体を押し付ける。
「イヤッ……」
小さく息を漏らした女のおくれ毛は汗ばんだ頬に張り付き、思うように身動きの取れなくなった上半身を必死に動かし振り向こうと再び藻掻く。
抵抗しても無駄だ。
俺は必要最小限の力を込め女にそれを分からせる。
苦痛に歪めた顔の彷徨っていた視線が背後の俺を認めた。開いていた瞳孔が僅かに小さくなる。
紅潮していた頬がゆっくり弛緩し目尻は穏やかに下がり女の身体の緊張が解けていくのが伝わる。
女は俺に抗うのをやめた。
支配した俺の視線は女を捕えたまま右手でズボンの腰に手を回す。女は潤んだ双眸で俺を見つめ唇を震わせ何かを囁く。
見逃してほしいのか? それは無理だ。
いや、違う。
女の口角があがる。
笑みを浮かべているのか?
俺は女から目を離すことができない。
僅か〇.二秒だったかもしれないし二時間だったかもしれない。オレンジ色の夕日が女の瞳を染めた時、俺の右手は再び動き出した。
腰のケースから手錠を取り出し腕時計の時間を確認して女に告げる。
「午後四時二分、傷害の容疑で現行犯逮捕」
返り血で赤く染まった女のトレンチコートの袖口ごと手錠で静かに締め付ける。
この女の逮捕が俺をまた一歩、夢の奥へと引き摺り込むと知らずに。
【第一章】
① 手錠
② 供述
③ お七
④ 少年
⑤ 雑談
⑥ 子供
⑦ 亀裂
⑧ 教室
⑨ 連鎖
⑩ 不変
⑪ 渇望
⑫ 父親
⑬ 過去
【第二章】
① 過去(夏)
② 過去(害)
③ 過去(血)
④ 過去(槌)
⑤ 過去(扉)
⑥ ~ひろ子~
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