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黄昏の空を走る《#シロクマ文芸部》

走らないで。まだ、いいです。
心の中でお願いしてるのに、走りだした。

幼稚園生だ。
スーパーの自動ドアを抜けてすぐ、お菓子売り場に走っていった。後ろから赤ちゃんを抱えたママに「走らないの」って怒られて。だけど無視して。
当時人気だったカード付きのお菓子。前に「今度ね」って言われたから。きょう買ってくれると勘違いして。
ニコニコ顔でカードを握りしめて、ママのところに戻ろうと、お肉売り場、お魚売り場、レジまで走る。でも、ママは見つからない。泣きながらママを待つ。お店の人に話しかけられて安心したのか、粗相をした。
やっと会えたママに、赤い跡ができるまで強く手首を掴まれ、夕陽の差す道を引き摺られるように小走りで帰る。
家の玄関が閉じられた瞬間に思い切りぶたれた。

もうやめて。まだ、走らないでくださいってば。

でも、今度は中学生だ。
マラソン大会の練習で走っているのが見える。頭は悪いけど走るのだけは得意。だから絶対学年1位をとるから応援に来てって、ママに言ったら。
明日は妹の歯医者の予約がある。学校からの手紙をちゃんと渡さないお前が悪いと怒鳴られて。「でも」って言ったら言い訳するなと怒られて。
そうだ。言い訳するやつが悪い。
それに、当日、走ってみたら意外に遅くて。なんでだろう。10位にも入れなくて黄昏の空を見上げる。ばかみたいだ。いや、ばかなんだ。

ああ、だから、もう走ってもいいよ。

高校生だ。
盗んだバイクで走り出す、なんてことしないよ。そこまで悪い人間じゃないし、度胸もない。
先輩が後ろに乗せてくれるって。今日はいい天気で気持ちいいから、ほんのひと回りするだけだから付き合えって言われて。
中学のときに使ってた自転車用のヘルメット。いざバイクが走り出したら首の紐が緩くて、後ろにずれちゃったけど、直す間もなくて。
ああ、また言い訳だ。僕は言い訳ばっかりだ。
夕陽が眩しくて信号が見えなかったって、先輩も言い訳してるっぽい。


なんでこんなつまんない映像ばっかりなんだろう。
ああ、そうか。つまんない人生だったからか。
急いで病院に駆け付けた母が泣いているところまで見せてくれないかな。そこまで全部リフレインしてほしいけど。そもそも妹の歯医者で来れなかったりして。はは。

あ、これは「走る」じゃなくて「回る」って言うのかな。全部スローモーションで再生されても短いもんだね。
あっという間に終わっ




(了)

シロクマ文芸部に参加いたしました。
小牧部長、いつもありがとうございます。

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豆島  圭
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