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邪魔なら消してしまいましょうか【後編③】

【↑前編↑】 【後編①【後編②】

温めたミルクティーをトレーに乗せて部屋に戻ると、亜美は繋がらないはずのスマホをスクロールしていた。
「どうぞ」と言って熱すぎないカップを亜美に手渡し、樹のことは問題ないと説明した。

「最近、どう? お義兄さんの会社とか」
私は残り少ないポッキーを一本つまみ、椅子に腰かけて聞いた。
「うん。順調よ」
スマホから目を離さずに亜美が答える。
「そうだ。この前のプレスリリース見たよ。声優陣も豪勢だし。あのオンラインゲーム、早くやりたいってみんな言ってる」
私がにこやかに言うと、亜美はスマホを置いてジロリと睨んだ。
「それは別の会社のでしょ。あんなのと一緒にしないで」
「あ、ごめん」と私は肩をすくめ、慌てて次の話題を考える。
かいくんは今年受験だっけ」
「そう」
「やっぱり医大だよね。帝都医大?」
何気なく訊ねると亜美はふと押し黙った。
「凱くんが医大に言ったら、将来はお医者さんっていうより、研究者って感じかな。もの静かな……」
「凱は医大には進まないわ」
私の口を止めるように亜美は強く言った。
「そうなの?」
「本人の好きな道を歩ませるつもり」
そう言って亜美はミルクティーを啜り、最後のポッキーを齧った。

――本人に好きな道を歩ませる。

聞こえのいい言葉よね、という感情は顔に出ないように細心の注意を払う。
医学部に行けない訳じゃない。選ばなかっただけよ。来春そう言っている亜美の顔が目に浮かぶよう。凱くんは亜美に似て、神経質で実は気が弱い。医大なんて合格するわけもないだろうし、合格しても医者には向かないと父だって内心分かっているはず。だけど小学校の頃から、亜美を通してプレッシャーをかけられていて余計に縮こまっているように見えた。犠牲になるのはいつも子供の方だわ。本当にお気の毒。
まあ、樹だって簡単に医学部に入ったわけじゃない。父の何かしらの裏工作が働いたはず。だから今でも病院を息子に継がせることに反対の声が多い。

「そうよね。お義兄さんと同じ道もいいわよね」
「海香もそう思う?」
予想に反して亜美はぱっと明るい顔になった。
「うん。問題は、お父さんをどうやって説得するかじゃない? お姉ちゃんが結婚する時も、お父さんかなり不満そうだったもんね。ゲーム会社って若者からしたら憧れの職場だけど、お父さんの年代だと……」
「孫の進路にまで口出して欲しくないのよね」
亜美はミルクティーを全部飲み干し、またスマホをいじりだした。
「お姉ちゃん、さっきっから何してるの?」
「夫にラインしてるんだけど既読にならないのよ。早く返事が欲しいのに」
「でも、ここが電波通じないんだから、届かないでしょ」
微笑ながら言うと、亜美は「え?」という顔を向けてきた。
「何言ってんの?」
「え?」
慌てて亜美のスマホ画面を見せてもらうと、電波が2本立っている。
「えっ。なんで」
「なんでって何よ。今どき、どんな山奥だって電波は届くわよ」
じゃあ、私のスマホは。
私は慌てて机上のスマホ画面を裏返して見るが、やはり同じようにステータスアイコンにはバツマークがついている。
ぽかんと画面を眺めていると「あ、もしかして海香はKBBI? 通信障害だってね」
「え、そうなの?」
驚いた私は再び亜美のスマホでニュースサイトを見せてもらう。本日18時過ぎから大規模通信障害が起きていて、順次復旧してるらしい。
そうだったんだ……。
でもそれなら、と亜美に両手を合わせて拝むポーズをとった。
「ね、お姉ちゃん、スマホをちょっと貸してくれない? メールチェックだけだから」
そう言って返事をもらう前に鞄からノートPCを取り出す。ちょっとだけテザリングさせてもらおう。もしかしたら仕事の依頼が来ているかもしれない。早く返事をしないと他の人に回されちゃう。
「ちょっとだけよ」
亜美はここぞとばかりに恩着せがましくスマホを差し出し、ひとつ大きなあくびをした。
「ありがとう。助かる」
Bluetoothで繋いでテザリングの設定をすると、暫くして私のメールが何通か受信中なのが分かり心が躍る。きっと仕事の依頼に違いない。
背後の亜美がベッドに横たわるのを感じながら、私はメール受信が終わるまで、机で指を何度も叩いて待った。

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受信が一通り終わるとチッと舌打ちをして送受信ボタンを再度クリックするが、画面は変わらない。
「はあっ」
大きなため息が自然とでた。

本当に一生バイト掛け持ちしながら生きていくしかないのかな。
肩を落としてテザリングを解除しながらベッドを振り返ると、亜美はすっかり寝息を立てていた。

昔から姉は、無邪気。
長女のくせに責任感がなく、面倒なことは樹に押し付け、ミスがあると私のせいにした。将来有望と見込んだ男とさっさと結婚して家を出て、好き勝手やってきたくせに。
お義兄さんの会社が傾いているからって、今さら長女だってことを振りかざされたら堪らない。私の思い通りに動いてくれないと……。

「お姉ちゃん」
私は亜美の耳元で囁く。
「う……ん……」
「お姉ちゃーん……」
そっと肩をさすっても反応がない。

深い眠りについたみたい。
私は自然と込み上げてきた笑いをおさえつつ、まだロック画面に戻っていない亜美のスマホを素早く操作した。

どうして、こんなに簡単に預けてしまうのかしら。スマホなんて機密情報の塊なのに。
私はそう思いながらメールやLINE、SNSのDMをチェックする。

どうして、こんなに簡単に信じてしまうのかしら。コンビニで買ったミルクティーとはいえ、自分で開栓したわけでもないのに。

初見の情報を次々スクロールしながら、私はノートPCに入れておいた「小説」の改稿を進めていった。

【後編④】へ続く。いよいよ最終回!

#邪魔消し


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