見出し画像

【ウミネコ文庫 童話】 靴をつくる男

小学校3年程度以上が読める内容(高学年以上推奨)と考えていますが、ルビは小学校で習わない漢字と特殊な読み方の熟語等にのみ振りました。
小学校で習う漢字であえて平仮名を使用している言葉も多くありますが、そのあたりのバランスは、あくまで「私の中の童話イメージ」によるものです。

1頁44字×28行の文字組を意識して書きましたので、スマホでは読みにくい部分もあると思います。
どなたかが挿絵を入れてくださるとしたら非常に嬉しいです。そのための改行等レイアウト変更は全く問題ありません。

(応募後 追記)
どなたか挿絵描いてくだい。
アリスの挿絵のジョン・テニエルの雰囲気だったら最高なのだけど…と贅沢な希望を呟いてみる…
(さらに10/7追記)
Ryé さんが上記の希望を見て挿絵を描いてくださることになりました。
楽しみです。本当にありがとうございます。

以上、よろしくお願いします。

くつをつくる男】

豆島 圭

 あるところに なまけものの国がありました。王様はいつも大きな椅子いすにもたれかかってこっくりこっくり。王子や王女、大臣たちもみな椅子いすに座り、ある時はおいしいハムをつまみながら、ある時はワインを片手に楽しく毎日をすごしていました。ゆたかな国ではありませんでしたが、王様のくちぐせは「まあ座れ。らくをしよう」でしたので、そこは争いごとのない、とても平和な国でした。

 おや。となりの国からひとりの靴職人くつしょくにんの男がやってきたようです。

 椅子いす職人は見たことがありますがくつ職人がこの国をおとずれるのは初めてです。その国をまあるく囲んだ広大な砂利じゃりの道をこえてやってきたその男は、わずかな道具だけで器用きようくつをつくり始めました。
 男は小さな靴をひとつこしらえると近くにいた子にそれを手渡しました。くつというものを初めて目にした子にやさしくはきかたを教え「歩いてごらん」とうながしました。その子はそっと立ちあがり、ゆっくりと歩き出し、その心地ここちよさにおどろき、その場でジャンプをしてみせ、ステップをふみ、スキップをしながらその男の手をひいて、じぶんの家につれ帰りました。
 しごとからもどった大人おとなたちは子どものよろこんで走り回るすがたを見て、くつづくりに使った鹿シカの皮をおかえしすると申し出て、さらにごちそうをふるまいました。
「どうぞゆっくりおしあがりください」とゴザに広げられた鹿の肉はとても新せんで、家族みんなで囲むそれは男のお腹も心もたいそう満たしました。
「どうぞゆっくりお休みください」と広げられたゴザの上に毛布もうふは一枚もありませんでしたが、みなで体をよせあってねむるので男が寒い思いをすることはありませんでした。

 夜が明ける前に、その家の大人おとなたちがしごとへ向かうと言うのでくつ職人の男は言いました。
「お待ちなさい。まもなく大人おとなくつもしあがります。これをはけば、しごとが早く片づきます。どうぞゆっくりお休みください」
 大人おとなたちはにわかに信じがたいという顔をしましたが、すなおに言うことを聞いてもうひとねむりしました。そしてニワトリの声を聞いてからくつに足を通し、たいそうおどろきました。いかにもそれはぴったりで、なるほどそれはふわりと飛ぶように歩くことができます。うす暗いけものみちを歩くときも、けわしい岩山を登るときも、さそりのいる小川を歩くときも、何の不安もありません。まったくつかれることなく、いつもの半分よりもっと少ない時間で今日のぶんのしごとを終え、子どもたちの待つ家に帰ることができました。
 夕方、お礼としてわずかな銅貨をうけとった男は、あまった時間でダンスをおどる大人おとなたちにさよならをつげ、となりの家でも同じようにくつをつくり、ごちそうをいただき、わずかな銅貨をうけとり、よく朝にはまたそのとなりの家へと向かうのでした。

 その男がつくるすばらしいくつ評判ひょうばんはあっという間にひろまりました。
 妻にもくつをつくってやってほしい。川での水くみが楽になる。
 夫にもくつをつくってやってほしい。山でのりが楽になる。
 子どもたちにくつをつくってやってほしい。きっと毎日が楽しくなる!
 男はひとりひとりにぴったりなくつを毎日毎日つくりました。くつをはいた人びとは口ぐちに「ああ楽だ。こりゃあ楽だ」と言いました。

 さて。くつ職人のうわさは、山のてっぺんのお城にまで伝わったようですよ。

 ある時、切りかぶにこしかけてくつをつくっているとはとがことづてにやって来ました。
「王様のくつをつくりに今すぐ城にゆきなさい」
 男ははとに答えます。
「すぐにお城にゆくことはできません。私は、あなたのようなつばさをもちませんから」
 ある時はロバがむかえにきました。
「いますぐ私に乗って王様のくつをつくりにきなさい」
 男はロバのくたびれた足をそっとさすってこう言います。
「お城のロバに乗るなどめっそうもない。かりにも私はくつ職人。歩いてお城にうかがいます。かならずや」
 そしてロバのびきったひづめをじぶんの道具でやさしくけずり、ロバが軽やかに城に帰るのを満足そうに見送りました。
 男はその後も順に家をたずね、くつをつくり、少しずつ山のお城に近づいてゆくのでした。

 おや。待ちきれなくなった王女がロバに乗って城の門から出てきましたよ。

 うまれて初めて城を出る王女は、ひたいあせをうかべながらくつをつくる男を見て、ひとめでこいにおちました。
「なんと美しい。私はこれほど一所懸命いっしょけんめいに働く者を見たことがありません」
 王女はロバの上から声をかけました。
「私のくつをつくりなさい」
 男は手をとめ、王女に向かって言いました。
「それはなんともおそれ多い。私はまだ、美しい貴女あなたにふさわしいくつをつくるための修行の身でございます」
 王女は、うやうやしく頭をさげた男のことばに納得しました。
「ならば、しかたがありません。その日がくるまで待ちましょう」
 そう言って城にもどってゆきました。

 お月さまがのぼってはしずみ、それを何度くり返したことでしょう。くつ職人の男はいよいよお城の窓から見おろせるところにまで近づきました。
「私の足にはどのようなくつがにあうかしら。黄金こがねに光る絹のくつ? それとも透明とうめいなガラスのくつ?」
 王女が胸をときめかせていたその時です。大臣の声が城じゅうにこだましました。

「あの男の目的は何だ!」

 おどろいた王女ははとに様子を見に行かせました。大臣たちはきんきゅう裁判のまっ最中です。
くつをはいた民は意気揚々いきようようと働き出すという」
「あの男は、とうとうそこまで近づいてきた」
「われわれも働かせようというこんたん・・・・だな」
 べつの大臣たちは、わめきたてます。
くつをはいた民たちは意気揚々いきようようと働き出すというのに」
「ロバが運んでくる食りょうが減っているのはなぜなのだ」
 さらに大臣たちは顔をにしてさけびます。
「鹿の肉をたべ、皮でくつをつくり、金貨をよこせと言うらしい」
「どうりで城へのみつぎものが減っているわけだ」
「あの男は座ったままのしごとだというのに」
「楽してもうけるとはゆるしがたい」
 そして王子につめよります。
「ゆるしておいてはいけませぬ」
「ここで、ひとつ ご決断を」
 若い王子は言いました。
「うむ。死罪」

 まあ、大変。そのことをはとから聞いた王女はいても立ってもいられず、いえ、座っていてはいられず、ふたたびロバを呼びよせました。

 あのくつ職人は悪い男ではないと言ったところで、まだ幼い王女の言うことをだれも聞き入れてくれるはずがありません。城をとび出した王女は、あいかわらず民のためのくつをつくっている男を見つけると、ロバの上から言いました。
「お前は日暮れとともに処刑しょけいされます」
 王女のことばに、民がひどくおどろきました。くつ職人はなにも聞こえていないかのようにくつをつくりつづけます。
「お聞きなさい。私に考えがあります」
 男は、かまわずくつをみがき、完成したくつを不安そうに見ていた最後の・・・民に手渡しました。

「私と結婚けっこんなさい」

 王女のりんとした声が森にひびきわたります。
「私と結婚けっこんすれば処刑しょけいされることはありません。そうなさい」
 それは王女にとってよい考えでした。王女はまだ幼い年れいでしたが、婚姻こんいん式をあげられないほど幼くはありません。
 できたてのくつをはいた民は男に銀貨を渡し、王女にぺこりと頭をさげると、わずかな手荷物をかかえて飛ぶように走りさってゆきました。

 そう。きっと、砂利じゃりの道のむこう側へ。

 それを見とどけた男は言いました。
くつをつくることが喜ばれないのならば、私はこの国を出てゆくだけです」
「私と結婚けっこんするのです」
「では王女もくつをはいて砂利じゃりの道をこえましょう」
 男はそう言って材料を取り出します。それは黄金こがねの絹でも透明とうめいのガラスでもなく、民たちにつくったものと同じ鹿の皮でした。
砂利じゃりを歩けば、けがをします」
 王女が言うと男はにこやかに答えます。
「このくつをはけば平気です。自由に歩きまわれます。野や山や、ぬかるんだ道も砂利じゃりのうえでさえも」
 それのどこが自由なのか王女にはさっぱり分かりません。座っているあいだ、足はまったく自由なのですから。
「そんなものをはいて歩けと言うのですか」
 王女が言うと男は手を止めました。王女はつづけてこう言います。
「この国にいれば必要なものはロバが運んでくるというのに。となりの国で私に働けと?」
 すると今度はロバがくちを開きました。
「王女さま。この国の民はもう、ひとりも残っていやしません。城の仲間のロバたちも、みんな砂利じゃりの道をこえてゆきました」
 そう言って王女をそっと地面におろします。
 王女はやっと気がつきました。このごろ食りょうが少なかったわけや、大臣たちがいらいらしていたわけに。
 男が道具をかたづけはじめると王女は、あわてて言いました。
「私はあなたを愛しています。それでも出て行くのですか」
 男はゆっくりとうなずきました。それを見た王女はこう言います。
「ならば、」
 男は、王女のことばを待ちました。
「ならば、この国でもうけたお金はすべて置いてお行きなさい」
 男は、かなしそうにほほえみました。そして銀貨や銅貨が入ったふくろを王女の足もとにそっと置くと、くるりとうしろを向いて砂利じゃりの道へと歩きだしました。ロバもあとをつづきます。

 だれか! あの男をつかまえなさい。
 だれか! あの男をろうに閉じこめなさい。
 だれか! あの男の足を 両足を おので切っておしまいなさい!

 王女の声は森のおくまでひびきます。けれどもそれを実行できる者は、ただのひとりも残っていません。

 その後も王女が立ちあがることはありませんでした。はたして自分にふたつの足があったかどうかすら腹の肉がじゃまでたしかめることもできませんから。

 王女にはただ、一はとが城から飛び立ってゆく空を、静かにながめることしかできませんでした。

(了)
※3876字 ルビ除く




いいなと思ったら応援しよう!

豆島  圭
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。