A面:逃げる夢 《#シロクマ文芸部》
逃げる夢をオレは必死で追いかけてるわけさと、ランチタイム終わりしなのオムライスにたっぷりかかったケチャップを唇の右端につけたまま三十路半ば男が目の前で笑ってる。
笑うところなんですか? 私は笑えませんが?
「待って待って。そのバス、オレ乗りまーすって感じ。エリちゃん、分かる?」
これがオレのトレードマークだからと暑い日も寒い日も我慢して革ジャン着てる目の前の男は、乗り損ねたバスを追いかけるように片手を伸ばして笑う。
バスの「バ」でケチャップごはんが一粒、中距離弾道ミサイル並みに飛んできて私の排他的経済水域外に落ちる。「内」だったら反射的にビンタしてたと思う。
「それでさ。夢中で走ってたら、もう次のバス停まで着くってやつよ」
いくつになってもお子ちゃま舌の男は、どろどろの卵とケチャップをぐちゃぐちゃに混ぜて口にほおりこんでは「んまい。んまい」と頷く。オムライスは一生食べれるといつも言うだけある。
でも今のは聞き捨てならない。三十路半ば男よ。
じゃあ、お前は次のバス停で「夢を積んだバス」に追いついたのか?
今日のオーディションこそ会場の笑いを独り占めするって。予選勝ち抜くって。明日優勝して賞金10万貰えるって。そしたらシャンメリーじゃなくて初めてのシャンパン買おうって。真っ赤な薔薇の花束プレゼントするって。幸せにするって。
逃げていく夢に、追いついたのか?
「そしたら、エリちゃん。次のバス停の手前でさ、買い物袋が破けてオレンジ落として困ってる女の人がいるわけよ。もう、ポロポロ落とすわけ。だから拾うの手伝っちゃうわけ」
最初のバスに乗り遅れた言い訳は、老人が信号を渡るのを手伝ってたって。今度はオレンジ落として坂道コロコロか。アニメか。劇的な出会いだな。拾い終わったら今度は曲がり角から食パン齧った女子高生が飛び出てくるか。もしかして、俺たち入れ替わってるぅーか。ばーか。ばーか。
「それでまたバスに乗り遅れちゃってさ」
目の前の三十路半ば男はひとり納得したように頷きながら最後のケチャップライスを口に入れた。
コイツのお皿はいつもキレイ。一粒も残さず綺麗に食べる。いや、飛ばしたミサイル以外は一粒も残さず。
「でもオレは負けないよ。まだ走ってるから。そうだな。カタログ語で道聞かれたら、ちゃんとジェスチャーでドンキはあちらですよって教えてあげるし、電車の中で赤ちゃんが泣いてお母さんが困ってたら、いないいないばぁってしてあげるし。それでもバスは追いかける」
カタログじゃなくてタガログ語な。いや、バスを追いかけて電車の中って状況なんなん。いや、そもそもバスの話じゃないよな。夢を追いかけて何度も逃げられてるって話だよな。今日のオーディションも予選で落ちたって話だよな。
「オレは夢を追い続ける。負けない。うん」
三十路半ば男は、そう結論付けてニッコリ微笑んだ。
負けろ。いい加減、負けを認めろ。
高校の時、ピン芸人で天下とってエリっぺを宇宙いち幸せにしてやるって宣言したお前はどこの星に行っちゃったんだよ。地球のライブ客は減る一方だし、動画再生回数も2ケタだし、イイネは1ケタだし。何言っても炎上すらしない。誰もお前のネタなんか聞いてもいないんだよ。いつまでも逃げる夢を追うな。逃げ……ん?
「ねぇ。なんで夢が逃げんの」
私はココアのカップを置いて聞いた。
「エリちゃん、今日は珈琲じゃないんだ」
「どうでもいいでしょ。ねえ。逃げる夢を追いかけるってなに。届かない夢とか遠い夢じゃなくて。なんで夢が逃げるのよ」
「うーん」
三十路男は、ケチャップのついていない方の唇を舐めて考えた。いや、きっとなんも考えてない。コイツは。
「だって。オレがこんなに必死で走ってるのに追いつかないって、あっちも逃げてるに違いないよ。オレ全速力よ? Bダッシュ。そう思わん?」
よし。全速力で追いつかないのなら負けを認めよう。そろそろ将来のこと真面目に考えてくれ。2人とも貯金少ないんだから。私が数年間は働かなくても何とかなるくらいは、頼む。その後は好きにしていいから。私が大黒柱になるから。
「それでさ。逃げられると追いたくなるわけ」
そういってニヤリと笑い、アイスコーヒーの残りをストローで吸った。
私は、くぼんだ氷に隠れている水を啜る彼をぼうっと眺めた。
逃げれば追うんだ。知らなかったよ。
高校の時から、この男に寄り添いすぎた。理解のあるフリで。デキる女を装って。
一番そばにいるつもりで、一番好かれてるつもりで。ずっと隣にいすわった。
私は彼の唇を見つめた。
あそこに張り付いたケチャップと一緒だ。
最後まで食べられることなく、紙ナプキンで拭き取られて捨てられるんだ。きっと。
氷のくぼみに逃げ込んだコーヒーは必死でズズズと啜るけど。
私もオレンジ落として逃げようかな。
泣いてる赤ん坊かかえて逃げようかな。
そしたら
「追ってくれる?」
ズ。
ストローの音が止んだ。
「エリちゃん、なに。ごめん聞こえなかった」
いつもの笑みを浮かべる彼に急に腹がたって叫んだ。
「なんも言ってねぇしッ」
会計伝票をぐわしと掴んで立ち上がると、三十路半ば男が私の手をぎゅっと掴んだ。
「オレ、」
なに。
いつになく真剣な眼差し。急にやだ、なに。
「いつまでもエリちゃんに甘えるワケには行かないから」
真剣に喋る彼と同時に揺れる唇のケチャップから、目が離せなくなった。
「オレ、逃げる夢は、追う。でも、現実は現実で着実に歩くことに決めたよ」
彼からそんな言葉を聞くの、初めてだ。
私の体の緊張がふっとほどけた。彼は私の手を強く握りしめて話を続ける。
「帰りのバスに乗り遅れて歩いてた途中でさ」
ほんとに乗り遅れたのかよ。
「シロアリ駆除の正社員募集ってのを見てさ」
ああ、あそこの。万年正社員募集の会社、大丈夫かよ。
「山田のオヤジの会社だから大丈夫だよ」
あれ。心の声が漏れてた?
「さっそく話つけてきた。明日から一か月は試用期間だけど。今のコンビニよりは全然収入多くなるから」
まじか。
私は再び席に座った。というより、完全に足腰の力が抜けた。
今日で最後の挑戦って寝言で言ってたような気がするけど。あれ、本気だったのかな。いつもオーディションに落ちた後は、荒れて、飲んだくれて、田津原理音に「おもんな」って毒吐いて寝るだけだったのに。
「明日から頑張って稼ぐ。エリちゃんのために」
彼の真剣な眼差しが私の目に刺さる。
まぶしい。本気だ。いつになく。コイツ本気だ。知ってる。この本気の目。
私は軽く息を吐いて、人差し指で自分の唇の端を指さす。「ケチャップ、顔に付いてるよ」って教えるために。
だけど全く伝わらなかった彼は、私の握っていた伝票をすっと抜き取り、金額を確認して言った。
「だから、来月の給料でるまでエリちゃんのおごりね」
「最低だな、お前」
間髪入れずツッコんだ。いつも通り。
ケチャップつけたまま帰る刑な。
それから晩ごはんもオムライスの刑な。
明日も明後日も、一生オムライスの刑な。
心の声が漏れてたのか、彼はやっとケチャップをぺろりと舐めて、微笑んだ。
(了)
Adobeの「画像生成AIチャレンジ」に参加しました。
せっかくなのでストーリーの「まんま」を表現できる画像を作ってもらおうと。
生成の文章は、最初は「オムライスを食べる笑顔の男」くらいだったのですが「短すぎます」とのお言葉をいただき、「喫茶店で」「革ジャンを着た」「椅子にギター」など増やしたあと、小説の男を「売れないバンドマン」から「ピン芸人」に設定を変えましたが、この画像が一番しっくり来ました。
よくよく見たら、この男の後ろにはギターみたいな模様がありますね? 注文したことも、描かれていたことも忘れてました😅
この小説だったら「みんなのフォトギャラリー」内の画像でもイメージは十分だったのですが、今となっては、この笑顔がちょうど馬鹿っぽくて愛おしい😂(ちょっとジャンポケの太田さんぽい?)
セットで書いたもう1つの小説の画像もはりきって生成。何度もワガママを言って作り直し…
「今月の枚数分おわりました。アップグレードしてね」みたいなメッセージが出てしまいました。
なんと!😱ショック!そんなトラップがあったとは。
そりゃそうですよね〜
「生成の文章」以外にも、いろいろな装飾イメージが選べて、よく分からずポチポチしてたのがいけなかったのかもしれません。
来月に向けて、機能を勉強してからまた臨みたいと思います。
Adobeさん、ありがとうございました。