小説/2枚目のメッセージ《#ピリカ文庫》
『東京』『ヲ爆』『破する。』
8月30日午前 0 時。3枚のファックスが県内の複数マスコミ会社に送信された。正確に言えば、最初の『東京』が 0 時ちょうど。次の『ヲ爆』が 0 時10分。次の『破する。』が 0 時15分。
爆破予告が届いたとすぐに判明したのは、MHK前崎、テレビぐんま、群馬中央新聞、前崎タイムス。いずれも一般市民が知り得る代表番号宛にインターネット経由で一斉送信されたとみられる。
県警記者クラブに詰めている記者から、雑談としてそれを聞かされた県警の広報担当者は「極めて幼稚なイタズラ。対応の必要なし」と冷笑で返した。
理由は「具体性に欠ける」。
日時や場所の特定がなされていない。金銭等の要求もなく目的が不明。犯行声明ならば団体名などを名乗るはず。次の連絡もない。
コロナ感染症が流行して以降、ネット上の爆破予告件数は非常に増えたが、これが本当の予告だとすればいくらなんでも杜撰すぎる。
「だいいち、ここ群馬だもんね」
群馬県警鳩巻署刑事課強行犯係、唯一の女性巡査部長、藤岡華乃先輩が僕にそう言って笑った。
「そうなんすよ。全国のマスコミに送ったのかと思ったら群馬だけみたいっす。あ、高校ん時の友達がローカルニュースサイト立ち上げたんですよね。届いたか聞いてみよう」
「山下君は、誰からその話聞いたの?」
華乃さんは、僕が持ってきた夏休みのお土産、トリュフショコラケーキをもぐもぐしながら尋ねた。
午前8時を回って強行犯係はまだ僕たち二人しか出勤していない。このままだとケーキは全部華乃さんのお腹におさまってしまいそう。
「毎朝新聞の前崎支局で働いてる友人からです。気になって探してみたら他のファックスに紛れて届いていたって。で、たぶんアレですって。Tor」
「トーア?」
「複数のサーバーを経由して匿名化するんです。IPアドレスが特定できないから送信元が分からない。そういうのを利用したんじゃないかって」
「ふーん。で。山下君、どうする?」
「どうするって?」
華乃さんが急に仁王立ちになり、両腕を組んで僕に言った。
「山下、基本を忘れるな。いたずらに見える爆破予告でも、最悪の事態を想定してマニュアル通りに対応するんだ!」
「ええーっ。まじすか。最悪の事態って言ったら、えーっと。都内にいる人間を全て避難させて、都内全域を封鎖? 不審物がないか……調べますか?」
そこまで言うと華乃さんが「そんな馬鹿な」と笑って次のケーキに手を伸ばす。
「華乃さん、勘弁してくださいよ。ケンさんが乗り移ったかと思った。でも、さすがのケンさんでもそこまで言いませんよ」
ケンさんこと、堂森建佑さんは、強行犯係で一番基本に忠実で細かいこと言い出す、ちょっと面倒くさい人。僕の指導教育係だ。
「いや、分かんないよ。堂森さん年休で助かったね。そう言えば今日、東京に行くって言ってたよね。ほら。離婚して離れて暮らしてる娘さんと会うって」
「へーえ」
「東京駅で待ち合わせして、書道か何かの展示会に行く約束って。でもさ。東京を爆破っていったら、東京駅とか、都庁とかじゃない? やっばいね」
華乃さんは、やばいと言いながらも嬉しそうに笑った。勿論、僕も爆破予告なんて真に受けていない。
「東京の、どこなんすかね。標的は」
「あれ? 山下君も週末に彼女と東京ディズニーシーって言ってたよね。千葉だけど」
華乃さんはそう言って「これめっちゃ美味しい。子供のぶん持って帰っていい?」と、2袋バッグに忍ばせる。
僕は整理整頓されたケンさんのデスクを振り返って見た。「世道人心」と、えらく達筆で書かれた書道色紙の写真だけが凛として留守番をしている。
「東京か。何も起きないといいっすね」
*
東京駅丸の内北口の改札を出て、八角形のドームをあんぐり見上げる娘の穂乃果に声をかけた。
「お父さんは、まだ来てないみたい」
「あ、そう」
約束の11時にはまだ早い。穂乃果はもじもじしながら私を見た。
「じゃあ、ママ。トイレ行ってもいい?」
待ち合わせ場所に近づくにつれ、娘が少し緊張した面持ちになっていたのは、数年前に離婚した夫と会うのが久しぶりだったからではなく、トイレを我慢していたからだろうか。小学校5年生になって身長は随分大きくなったけれど、まだまだ子供だなと微笑ましくなる。
私は周囲を見渡し、「あっちかな」と八重洲口への連絡通路に歩を進めた。穂乃果が私の手を握って言う。
「パパさぁ、この前みたいにさぁ。急に事件が起きて行けなくなったとか、勘弁してほしいよね。約束した限定パフェ食べられなかったじゃん?」
「仕事だから仕方ないよ。そしたら今日はママと一緒に展示会に行って、おいしいもの食べて帰ろう」
「うん。それならいいよ」
穂乃果は繋いだ手を前後に大きく振った。お父さんに会えないのが寂しい訳でもないのかと少し気の毒に思って笑ってしまった瞬間、肩に軽い衝撃を感じた。
「イタッ」
狭い通路で前方から走ってきた男性と軽くぶつかり、ショルダーバッグを落としてしまった。すみませんと軽く謝り、バッグを拾おうとしゃがむ。その男性は返事もせずに八角形の広場へ走っていく。そしてキュっとスニーカーを鳴らして足をとめ、2,3歩もどった。
黒いTシャツに黒いキャップ、ジーンズ。眼鏡とマスク。まだ若い……20代くらいだろうか。大事そうに抱えた茶色いビジネスバッグが不釣り合いに思えた。
ほんの一瞬の、違和感がある人をチェックする習慣が抜けない。別れた夫の職業病が移ってしまったようで、ちょっと恥ずかしい。
転がったリップをバッグにほうり込みながら、視界の隅に男性を捉える。その人は、手に持っていたビジネスバッグをコインロッカーの脇に投げるように置いて、そのまま広場方面へ行こうとした。
「ママ。あの人、荷物を落とし……」
私が立ち上がるのと同時に、穂乃果の好きな柔軟剤の香りがふわりと漂った。
「ダメ――」
置かれた荷物に向かって走り出そうとする穂乃果を止めようと手を伸ばす。
あれは "落とし" たのではなく、明らかに "投げ捨て" た。あの荷物に触れてはいけないと直感が働く。警察官の元妻だからではなく、どこにでもいる、ごく普通の母親として。
高めのサンダルを履いて来てしまったことを後悔する間もなく、スニーカーの穂乃果が私の伸ばした手をすり抜けた瞬間――。
心臓を撃ち抜かれたような乾いた破裂音が通路に響いた。
「ほのかーッ!」
*
午前11時30分。
僕と華乃さんは、ある場所に向かうところだった。警察署入り口受付にあるテレビから聞こえた「速報です」の声に目を向ける。
モニターに大きく表示された「東京駅で爆発」という文字に二人して足を止め、キャスターが真剣な表情で話し始めるのを無言で見つめる。
【今日、午前10時45分頃、東京駅で突然荷物が爆発する騒ぎがありました。警視庁などによりますと、東京駅丸の内北口コインロッカー付近で、床に置かれたバッグが爆発、炎上。火は消火活動によりすでに消し止められており、この影響による電車の遅れはありませんが、怪我人が出ているとの情報もあり、現在、詳しい状況と原因を調べています。繰り返します。今日午前―― 】
華乃さんは「行こう」と言って駐車場に向かって走り出した。
「まさか、正解は東京『駅』だったってことですかね?」
僕が運転席に乗り込むと、華乃さんは助手席に座るなり、上司の指示を仰ぐと言って電話を取り出した。受付から2階の刑事課に戻っても良かったが、これから行く場所に急行したい気持ちのほうが強かったのだろう。
実は、マスコミ宛に届いたファックスは5社だけではなく、僕の高校時代の友人が数年前に立ち上げたローカルニュースサイト「いんふぉ前崎」にも届いていた。そんな零細企業にまで届いたなら県内すべてのマスコミ関係に届いたと思って間違いない。
ただ、「いんふぉ前崎」にファックスが届くこと自体が珍しいらしく、今日届いていたのは全部で4枚のみ。例の3枚のほか、0時5分に「白紙」が1枚届いていたという。
着信時間がピッタリ5分おきと考え、その白紙が4枚続きの2枚目であった可能性も捨てきれない。
『東京』『 』『ヲ爆』『破する。』
2枚目に、場所を特定する何らかのメッセージが隠れているに違いない。
東京駅、東京タワー、東京ドーム、東京大学。
華乃さんの言う通り、東京ディズニーリゾートや、東京ドイツ村なんて言い出したら、予告場所は都内とも限らない。実際、この群馬県にも「東京福祉大学」や「東京農大二高」もある。県内だけにファックスが届いたのなら、寧ろ、そのような場所である可能性が高い。
白紙だったこと以外に、もうひとつ他の3枚とは違う点があった。発信元がはっきりしていたのだ。鳩巻署管内の『コンビニマート鳩巻南店』。
それを「いんふぉ前崎」の友人から聞いたのが11時15分。
念のためコンビニに確認しようと言って、華乃さんと出かける矢先に目にした速報だった。タイムリーすぎる爆破事件は、僕を激しく動揺させた。
「主任が、東京駅のことは聞いておくけど、こっちは予定通り頼むって。まさか関係ないだろって口調。でも、なんか嫌な予感がするんだよね」
華乃さんの鋭い勘も今日は外れて欲しいと願いながら、僕は冷静に車を走らせた。
*
コンビニマート鳩巻南店は、お昼時にもかかわらず閑散としていた。レジに立つ、店長の名札をつけた白髪頭の男性に声をかける。
昨晩、該当する時間に勤務していたのはアルバイトひとりで、既に勤務は終えて帰ったという。簡単に事情を説明してファクシミリの送信履歴と防犯カメラを確認させてもらう。
0時過ぎ、客はいなかった。
入口付近の複合機の前に立って機械を操作し始めたのは、客ではなく、工藤拓海という学生アルバイトだった。
「彼は、どんな人物ですか」
華乃さんに聞かれた店長は顔を引き攣らせる。
「どんなって。普通の学生だよ。真面目な、いい子。何の事件なの?」
「どこの学生ですか」
「えっと、すぐそこの専門学校だったかな」
「履歴書を見せてもらえますか」
華乃さんの矢継ぎ早の質問に、店長は慌ててファイルを取り出してめくる。「これです」と言って手渡された履歴書の写真は、実直そうにカメラを見つめる眼鏡の学生。その学歴欄を見て僕たちは息を飲んだ。
そこには「東京情報専門学校 在学中」と、几帳面な文字で書かれていた。
*
履歴書の住所地に建つ家は、ごく普通の一軒家だった。
ここに着く前に、専門学校内の安全確認をしてもらいたいと署にはすでに連絡を入れてある。その連絡の際、東京駅の爆発は事件ではなく事故だった可能性が高いということも聞いたが、こちらは気が抜けなかった。
「こっちも単なるイタズラでした、で終わるとは思うけど」
華乃さんは、自分に言い聞かせるように呟き、唇をきゅっと結んで工藤家の呼び鈴を押した。
玄関を開けた母親は、警察官が訪問してきたことに動揺したが、息子は出かけていますと言って、僕たちをリビングに通した。丁寧過ぎる対応に違和感がある。
「誰かが来たら待っててもらって欲しいって言って出かけたんです。でも、まさか警察の方が来るなんて。あの……拓海が何かしたんでしょうか」
母親は、麦茶をコップに注ぎながら、おずおずと尋ねた。
「いえいえ。アルバイト先に来たお客さんのことで、ちょっと確認したいことがあるだけです」
華乃さんが敢えて軽い声を出すと、母親は「ああ、そうですか」と明らかにホッとした顔を見せた。
壁際のローボードに、トロフィーと賞状、写真たてが飾られ、賞状には「チーム タクシュウ殿」と書かれている。写真にうつる二人は肩を組み、満面の笑顔を浮かべていた。
「あのトロフィーは拓海くんのですか?」
「そうです。高校の時にプログラミング大会で優勝して」
「優秀なんですね」
そんな工藤拓海がインターネット経由で匿名ファックスを送るのに違和感はない。だが、あえて2枚目をコンビニから送ったことは理解できない。バイト中、時間予約の間違いに気づいて慌てて対応したか。そして裏表でも間違えて白紙になってしまったとか?
「ずっとロボット作りに夢中で」
母親は嬉しそうに言った。
「素敵ですね。例えばどんな?」
華乃さんがにこやかに工藤拓海の人と成りを引き出す。
「荷物を運んだり、人間の代わりに危険な作業をするような。難しいことは、私はサッパリですけど」
「危険な作業?」
「爆弾とか地雷の撤去とか。いずれは海外で、人の役に立ちたいって」
息子について照れくさそうに話す母親を前に、僕たちふたりの間には緊張が走った。
その志は立派だ。それなのに何故。
学業の成績がふるわないなど、専門学校への不満でもあるのだろうか。まさか爆弾撤去の実践練習をするつもりなんて、ないよな。
「それは自慢の息子さんですね」
心からそう思っているような華乃さんの声に、僕の心がチクリと痛んで目を伏せた。
そうだ。まだ、工藤拓海が何かしたと決まったわけではない。
原付バイクのエンジン音が家の前で止まった。
「帰ってきた」と言って母親が玄関に向かうと、このまま自分たちの顔を見て工藤拓海が逃げ出したりしないか不安がよぎった。友好的だった母親が突然「拓海ちゃん、逃げて!」などとも言い出しかねない。
最悪の事態も想定しながら立ち上がる。けれど、そんなものは不要だった。履歴書通りの顔をした工藤拓海はリビングの入り口で頭を下げると、「僕の部屋で話をしてもいいですか」と切り出した。
*
「この紙のことで来たんですよね」
そう言って工藤拓海は、ポケットからコピー用紙を1枚取り出して広げた。それで「東京情報専門学校ヲ爆破する」という文章が完成すると思いこんでいただけに、別の言葉が印刷されていて拍子抜けした。
いぬ……と、の部屋? いや――。
「中学からずっと、僕はサイトウたちの奴隷でした」
工藤は、おもむろにそう言い、ベッドに腰かけた。
「爆破予告をしようって言い出したのはサイトウです。マエダと、シュウちゃんが話にのって、僕が協力させられました。シュウちゃんの家のパソコンからみんなでファックスを送りました」
「なぜ、そんなことを?」
「夏休みの思い出づくり、だそうです。誰かの学校を標的にしたら面白いって。絶対バレないように、Torを使うなら、僕の学校でもいいと言いました。だけど、時間をずらして4枚に分けようって。予告が具体的だと威力業務妨害とかで捕まるけど、4枚が偶然集まって文章になったって言い逃れしたら、警察はバカだから捕まえられないって。そう言ったら喜んで乗ってきました」
工藤は、そこまで一気に言って顔をあげ、「ごめんなさい。本気じゃないです」と無表情で謝った。
「君が通う学校は、東京情報専門学校だよね?」
「そうです」
「東京じゃないのに、そんな名前。バカみたいですよね。それは本気で思ってます」
そう言って八重歯を見せた彼は、まだ幼い子供にも見えた。
「恨みがあった?」
「学校には全く恨みはありません。だから2枚目は送信するフリをして実際には送ってません。あいつらバカだから気づいてません。昼間、学校が慌てるのを見たいって近くをウロついてましたけど、騒ぎになってなくて諦めたみたいです」
「送らなかった2枚目を、どうしてまたコンビニから送ったの? しかも、爆破予告の場所は学校じゃないよね」
「僕が恨んでいるのはサイトウたちです。彼らに仕返しするために2枚目の内容を変えて送りました。コンビニからは一斉送信ができなかったので、気づいてもらい易いようにファックスのやりとりが少なそうな会社3つにだけ送りました」
「それが、この紙だね?」
僕が聞くと、コクンと頷く。
「でも、これ何て書いてあるの? 犬斗の部屋?」
工藤は少し俯いてクククと笑った。
「違うよ。上手いでしょ。4枚つなげて、『東就斗の部屋ヲ 爆破する』だよ」
なるほど。
『東京』『犬斗の部屋』ではなく、『東就斗の部屋』だったのか。自分を奴隷のように扱ったという、サイトウの仲間の一人。
「じゃあ、どうして裏向きで送ったの?」
「裏向き?」
「そう。届いた2枚目は白紙だった。裏向きで送ったんじゃない?」
工藤はきょとんとしてから少し微笑み、平坦な口調で言った。
「そっか。ウラオモテを間違えちゃったんだ。バカは僕だ」
そして、大きく目を見開いた。
「あ、じゃあ、刑事さん達はまだシュウちゃんの家に行ってないの?」
華乃さんが眉間に皺を寄せて工藤拓海を見つめる。
工藤は立ち上がって時計を差し、大声をあげた。
「僕は、シュウちゃんの部屋に本当に爆弾を仕掛けたんだ。そろそろ時間だ。急いで!」
*
僕たちが工藤拓海を車に乗せて東 就斗の家に着いたと同時に、他の署員数名も緊急車両で現着した。隣近所を退避させ、立ち入り規制の手はずを整えようと各自が動き出す。爆弾は部屋のテーブルの裏に貼り付けた、ごく小さなもので家が吹き飛ぶほどではないと工藤拓海は言ったが、簡単に信じるわけにはいかない。
二階の窓から笑い声や音楽が漏れているが、呼び鈴を鳴らしても玄関を激しく叩いても開けてもらえず、緊急事態と判断して、鍵の開いていた庭の窓から中に入る。そして笑い声の響く二階の部屋のドアを開けて愕然とした。
アルコールと汗の匂いに混じって、狭い部屋は独特な甘い香りで充満し、若い三人の学生は目つきも怪しく呂律が回っていない。
「大麻だ」
署から駆け付けてくれた主任が、机の上の乾燥した葉の山を見て言う。同時に、パトカーの無線で華乃さんの声が飛んできた。
『山下君。工藤拓海が、爆弾をしかけたのは嘘だと白状しました』
急いで机の裏を覗いた。
そこには何も、なかった。
三人は「避難」ではなく署まで連行されることになる。機動隊の爆発物処理班を手配する前に事件が片付いて安心したが、工藤拓海はそれを知って少し寂し気な、けれど、ほっとしたような笑みを見せた。
*
「工藤拓海は、かつて仲の良かった東 就斗くんが大麻に染まりだしたのが怖くて、助けたかったって自白しました」
僕は、今日の事件の顛末を、年休なのに何故か署に戻って来た先輩の堂森ケンさんに報告させられている。
「それで」
「はい。いつも親のいない時間に東の家に集まってサイトウとマエダが吸っていたそうです。普段、東は見張り役で、今回初めて吸ったと主張していますが本当かどうかは分かりません。工藤がコンビニからファックスを送ったのは、わざと足をつけるため。裏返して送ったのもわざとで、大麻を吸っていない時に爆弾撤去に行かれたら困るため、だそうです。警察が丁度いい時間に自分に辿り着かなければ、今度は警察署にファックスを送るつもりだったと。まあ、結果的に、全部工藤の思う通りに動いちゃいましたけど」
「なぜ工藤は、大麻常習者を普通に密告しなかったんだ」
「ただ密告しても逆恨みされるのを恐れたのと、サイトウの親が大物だからって、どこかから情報が漏れるのを恐れたらしいっす。実際には麻薬取締部や警察に顔が利くような大物じゃないですけど。それと――」
ケンさんが真剣に僕の顔を見つめている。
「たまたま爆破予告の文字が使えると気づいた工藤拓海は、自分が罪に問われてでも、大麻をやめさせたいんだという気持ちを、シュウ君に分かって欲しかったみたいです」
それを聞いて、ケンさんは2回、頷いた。
「わかった。お疲れ」
今日の業務が、全て終わった。
「ところでケンさん。東京のお土産もナシでわざわざ署に来たんすか」
「法で定められた休暇を使ってるのに、なぜ土産が必要なんだ。無駄な慣習は……」
すみません、冗談ですからと謝ると、後ろの席から主任の小池さんが「山下だって夏休みの軽井沢土産はどうしたんだよ」と急に怒り出す。
「いや、買ったんすよ。けど……」
僕が頬を膨らませて華乃さんを睨むと、華乃さんは急に大きな声を出した。
「そうだ、山下君。堂森さんの土産話がすごいんだよ。聞いて!」
「なんすか」
「東京駅の爆破騒ぎだよ。爆発したのは古いモバイルバッテリーだったんだけど、堂森さんの奥さんと娘ちゃんが居合わせて消防に通報したんですって」
「へー」と感心すると、ケンさんは「 ”奥さん” ではない」と否定する。
「怪我人がいるって報道がありましたけど、娘さんは大丈夫だったんすか」
僕がケンさんに尋ねると、代わりに興奮した華乃さんが答える。
「怪我は消火活動をした駅員さんで、軽い火傷らしいよ。それでね、爆発したバッグは置き引きされたものだったんですって。奥さんがバッグを置いた人の人相を覚えてて、すぐに捕まったって。身長やTシャツのブランドも、顔のホクロの位置まで見てたって。マスクしてたのに、よ」
だから”奥さん”ではない、とケンさんは再びムッとするけれど「へぇー。さすがケンさんの ”元” 奥さんっすね」と僕が言うと、ケンさんは少しだけドヤ顔をした気がした。
「娘さんとの東京デートはどうだったんですか」
「山下。デートではなく協議通りの面会交流だ」
「相変わらず固いなぁ」
「しかも東京駅前交番で3人で事情を聞かれて時間が無くなった。娘はもう帰ると泣きだすし、『あなたと約束するといつもロクなことが起きない』と、因果関係不明な文句を言われる始末だ」
「東京で、奥さんの不満が爆発しちゃったんすね」
僕の言葉にみんなが笑った。
そして「それじゃあ、お疲れ様」「今日は山下大活躍だったな」と先輩たちが散り散りに刑事課の部屋を後にする。最後に僕がドアを閉めた。
今日も平和な鳩巻署の、夏がもうすぐ終わりを告げる。
(了)
※ 群馬県内に存在するように書かれているマスコミや施設の名称で実在するものは「東京福祉大学」と「東京農業大学第二高校」のみ。あとは架空の名称です。
食べたことないですけど、作中に出てきた軽井沢のお土産は、以下のイメージで書きました。
あらためまして。
二度目のピリカ文庫にお呼ばれいたしました~✨
テーマは「東京」です。
いつも「群馬」を推してる私に、「東京」というテーマを投げるなんて、ピザさん、いけずぅ~と、結構悩みました。
悩んで悩んで、そして悩んで、また悩んで。
結局、「東京に爆弾を落とす」以外に思いつきませんでした🤣
そんな話、2000字やそこらじゃ書けないと思ったところ、今回ペアのめろさんも文字数が多いらしく、長くてもいいよ~とのお言葉に甘えて、約 8700 字になりました💦
そんで、そんで!
創作大賞を楽しんでいた方は気づいていただけたと思います。
そう。私がミステリー小説部門で書いた「残夢」の鳩巻署のメンバーが出ております。いわゆるスピンオフですね。
「残夢」で、山下君は ”今年配属されたばかり” という設定だったので、「この夏休みの事件の後のクリスマス頃、残夢の事件が起きる」という流れになっております。
もともと平和な鳩巻署ですが、さらに平和な感じで書きました~。
では、ピリカ文庫の次は、「秋ピリカグランプリ」を楽しみましょう!
See you!