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CMウォーズ
CMは役者さんにとって「アルバイト仕事なのかなぁ」と思った事がある。
初めてドラマの監督をした時、主演俳優や女優からの演じる「役」についての質問が多いのに驚いた。
CMの撮影で、役の説明をするのは、あまり無い事だからだ。
一概には言えないが、CM撮影で俳優が何の準備も無しでスタジオに入っても、大体は何とかなる。
まぁ、絵コンテくらいは見てて欲しいが。
スタジオに準備されている衣装で、監督の指示通りコメントやセリフを言っていれば大体は成立する。
ギャランティも、破格だし。
ハリウッドでも活躍する俳優に「二億円支払った」と某企業(拡大メガネ?)社長が掟破りの自慢をしてネット炎上した事もある。
俳優にとっては、たった半日仕事、確かにとんでもなく超破格だ。
そんな裏話、普通はあまり漏らさないのだが、社長さん浮かれていたのだろう。
その話が、同業者と話題になった時、誰かが「作る側より出る側ですね」と溜め息混じりに言った。
さて。
樹木希林さんに、お国のCMに格安で出て貰った事がある。
何かで、入院後だったが。
「病気明けだしね。私もなんかしなきゃね」と、彼女らしい言葉で受けてくれた。
高齢者雇用月間のCMとポスターのコンペだったが希林さんで負ける筈がない。
女流作家の役だった。
古民家を借りて、小説の構想を練る作家の設定。
民家の撮影場所を決めた後、希林さんの衣装をチェックする為にメイク室に戻る。
メイクを見て、びっくりした。
「如何ですか? 監督…」とヘアメイクの子。
何も指示していないのに、前髪が巻き毛ウエーブの、誰か分からない髪型の樹木希林がいる。
希林さんも鏡の中の自分の顔を見てオロオロしている。
私も驚いて、言葉が荒くなる「違う違う、佐藤愛子とか有吉佐和子みたいな女流作家だよ。これじゃ、銀座のママだよ」とヘアメイク係にやり直しを指示する。
希林さん、ほっとした顔で「でしょー。おかしいと思ったのよ」と。
「写真撮っておきます? 銀座ママ役が来た時のために」とからかう私。
「そんな役、来る訳ないでしょう」と笑ってた。
CM現場では、作られるCMより面白い話が、本が書けるくらいある。
俳優は様々な企業とCM契約をしている。
例えば家電会社と契約すれば、他の競合する家電関係には出られない。
縛りがあるから、高額の契約金なのだ。
木村拓哉さんの出ていたCMで驚いた事がある。
所属事務所の亡くなった社長の不祥事なのか、現在は出て居られないが。
木村拓哉さんは、自動車会社ニッサンのアンバサダーになって「やっちゃえ、ニッサン」と呟いていた事がある。
木村さんは、そのちょっと前まで、何年もトヨタのカローラCMに出演し続けられていた。
トヨタとの契約が切れて、ニッサンに移られた訳だ。
ニッサンにしてみれば、木村さんが出ればイメージは上がる。
こんなケースは滅多にない。
はるか昔の記憶が「デジャヴ」の様に蘇る。
私は駆け出し、20代前半の頃、CMプランナーをしていた。
プランナーはCMのアイデアを考える仕事。
最近、フジテレビの新作映画のキャンペーンの為に『踊る大捜査線』の古すぎる再放送をやっていて、若い織田裕二さんを見て思い出した事だった。
若い私に、IDOセルラー(今のKDDIかな)のCM企画の依頼が来た。
当時、携帯電話はドコモがダントツのシェアで、ドコモは「踊る大捜査線」で人気絶頂の織田裕二さんがCMキャラクターだった。
昔から人気タレント依存の傾向は同じだ。
企画依頼のあった新参IDOセルラーはドコモに追いつく為に織田裕二に負けないキャラが必須だった。
当時は携帯電話戦争が激しく、天下分け目の関ヶ原。
私の様な若造や、相当数の有名プランナーが集められる。
大掛かりなCMウォーズが勃発する。
ドコモの織田裕二に負けないキャラクターを探せ!
10人ぐらいが案を出すから、相当数のアイデアが集まった筈だ。
若造の私も、大物役者、映画監督までやるビックな大御所芸人など、想定し何案も企画提出する。
結果や如何に。
結局、他の広告代理店が出した一案に負けた。
選ばれた俳優の名に、私ばかりか誰もが唖然とする。
『嘘だろ?』と。
選ばれたのは織田裕二だった。
ドコモの契約が切れた隙間に、広告代理店が織田を押さえ、IDOに乗り換えさせた。
織田裕二側も、提示された破格のギャラを固辞など出来ない。
繋がりにくい自分の携帯電話(ドコモ?)をIDOセルラーに換える、若き織田裕二サラリーマンのCMが出来上がる。
関ヶ原の戦いで寝返った武将の小早川秀秋みたいな話だ。
私たちは「そりゃ負ける」と納得した。
キムタクが自動車を、織田裕二も携帯電話を乗り換える。
CMが面白かった前世紀のお話。
この交代劇にCMなんかより面白い裏話ドラマが、きっと有ったに違いない。