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麦のひだりと、麦のみぎ
スマホで顔のチェックをする女性も良く見かける。
女性は鏡を見る時、一番綺麗に見える角度で鏡に向き合うのだろうと推測する。
エラが張っている人は、顎を引き気味に鏡を見るとか。
横顔が好きな人は、せめて斜に見るとか。
おそらく自分の都合での虚像で愉しむ。
鏡と言えば、とあるドラマの大学生探偵では無いが。
「ボクは常々思っていたのですが、凡ゆる生物が左右対称なのは何故だろうと考えてしまいます」
人も動物もみんなシンメトリー形状。
両手両足、眼も二つ、鼻の穴も二つ並んでる。
左右対称。
これらは、どうも生命の根源が理由らしい。
動物は食べなきゃ生きていけない。
食物を取り入れる口と、排出する肛門を結ぶ中心線、そこから左右対称形が作られた説、を読んだ事がある。
でもシビアに見ると、顔も身体も実は左右「非」対称だ。
右側顔を転写し、右顔だけの左右対称の顔を作ると、もはや自分では無い。
微妙に異なる顔の左右。
今回は、門脇麦という女優の話。
ちょっと前の主演映画『二重生活』の宣伝インタビューだった…と思うが、彼女はおかしな告白をしていた。
長谷川博己演じる二重生活する男を門脇の演じる女子大生が研究テーマとして尾行する映画『二重生活』。
彼女の言葉は、この映画の「二つの顔」に関連する話だった。
宣伝インタビューの中で門脇麦は、自分の顔、左右のどちらかの顔が「男っぽく、ハスッぱ」に見えて、反対側は「女性的で、柔らかい」と感じている、という発言をする。
誰かに言われたのか、自分で発見したかは不明だが。
いろんな作品で監督にそれを伝えて、ドラマや映画のシーンごとに表現の参考にして貰っていると話していた。
役によっては、女性的な優しい方の顔を多く撮ったり、その逆の男っぽい設定の折には、別の方の顔を多く撮るらしいのだ。
よく言われる声楽家は身体が楽器と同じ考え方だ。
良い声を出す為に保持する身体。
俳優の仕事も身体を使う表現だから、門脇麦の自己分析はプロとして感心する話だ。
で、困る事がある。
私は、彼女のどちらの顔が男性的で、どちらが女性的なのか忘れてしまった。
だから彼女の出演作品をテレビで見る度に、ドラマより顔の左右を見比べてしまうのだ。
そんな時に始まった『ミステリと言う勿れ』というドラマ。
数字の暗号や言葉の謎を解くモジャモジャ頭の大学生、久能整(菅田将暉)の探偵もの。
このドラマは、探偵ドラマに在りがちな予定調和が無く、展開も斬新で面白かった。
私も録画を消せないでいる。
学生探偵の主人公も魅力的だが、悪役や脇役のキャラクターにも魅了される。
金髪永山瑛太の犬堂我路も面白い存在感。
映画版のヒロイン原菜乃華も、とても良かった。
彼女の着る服の袖を殆ど手首が隠れるほど長くしているのは演出の勝利。
可愛さが10倍になっていた。
そしてテレビの方の門脇麦の演じたライカも面白い。
幼い頃の実父による虐待で、違う人格が同居する解離性同一症(多重人格)の役。
「千夜子」と「ライカ」という2つの人格が、彼女に共存する。
ライカの時は、卓抜な記憶力や観察力で主人公の手助けをするクールな顔。
千夜子の時(最後に退院する時の1シーンだけだった)は幼女の様にあどけない表情に戻る。
麦のみぎと、麦のひだり。
彼女が、それを監督に告げているとすれば、そのシーン、監督は絶対に優しい顔の方を撮影する筈だ。
私は門脇麦の左右の顔の違いを見極めるチャンスだと思った。
でも、そのシーンまで待たなければならない。
例えば久能(菅田将暉)とライカ(門脇)が並んで話すシーン。
温室の中とか足湯の場面とか、ライカはだいたい画面の右側にいる。
足湯で向かって左に座る久能に話し掛けるから、ライカの左横側が映される。
焼肉屋で事件が起きる回も、テーブルに座るのは画面の右側だった。
向かい合ってる訳だから、左顔が見える。
ドラマの流れやカメラの切り替えもあるから、勿論全部では無いが、大体は門脇が観客から見ての右側のポジション、だから本人の左顔が多く撮られる。
男っぽい、大人じみた人格の時は、本人の左顔なのだろうか。
そして最後のシーン。
治療していた病院を退院する時は、画面の左から右の方に押される車椅子に乗せられたショットだった。
幼女の様な表情。
右側の顔が撮られている。
…だから「右顔が女性的なのかな」と思って安堵する。
そこで私は、自分の異常性に気付く。
ヘンなのは自分だと。
私が、門脇の右と左の違いを知ったからどうなのか。
それを知ったからって、何も無い。
それどころか、そこばかりを注視し、私はドラマを楽しめていない。
もう決めた。
私は『麦のひだり、麦のみぎ』を考えない。
でも。
しばらくして大河ドラマ『麒麟が来る』を覗くと、また門脇麦が出ている。
「あ、マズい」
麦のひだりと、麦のみぎ。
大河ドラマは一年と長いし、だいたいスルーしているのだが。
つい、見始めてしまう。
このコラムを読んだ、あなた。
たぶん私の「麦のみぎひだり症候群」が伝染したと思う。
あなたはきっと、門脇麦が出てくるドラマや映画で、麦の左と麦の右が気になり始めるかも知れない。
そうで無い事を祈る。
ドラマも、鏡の自分の顔も、恋人も、妻も、薄眼で「ボー」と見てる位が丁度いい。