市川準さんの絵コンテと、なぜか戦う私。
CMプランナー仕事はストレスが多かった。
どんなCMにするか考えて、紙の上に絵コンテを描く。
自分のプランが採用されても撮影や編集、仕上げるのは別の演出家。
別の監督の手で、私のコンテが違うCMになっていくのは、気分が悪い。
監督では無いから、仕方なかった。
CM企画の方法は、人によって特性がある。
替え歌案で商品訴求する人とか、珍しい刺激的な海外の雑誌写真を切り抜いてイメージ訴求する人など。
私は、学生の頃から好きだった『モンティ・パイソン』的なシュールなギャグが多かった。
フリーランスのプランナーとして、あちこちのCM会社に出入りする。
とある会社でも、企画仕事でよくオファーされていた。
時間通りに打ち合わせの為、そのCM会社を訪ねる。
でも担当プロデューサーは戻っていなかった。
待たねばならない。
彼の机の上に、誰かの絵コンテが置いてある。
某ジュース飲料のコンテ。
イケナイのだが、つい見てしまう。
絵も上手いし、コマの横のセリフも数行しかない。
何気ない日常会話だが『キレ』がある。
そして『毒』もある。
CMらしく無い、ちょっと危険な会話。
私は大笑いする。
人のコンテで、声に出して笑ったのは初めてだった。
「これ、誰? 誰のコンテなの?」と、側のADに思わず聞いた。
「ああ、市川準さんですよ」
伝説の禁煙パイポ。
サラリーマンが小指を立て『私は、これで。会社辞めました』で話題になったCM。
「これが市川準か。面白い! これ面白い」と感激した。
笑いのツボ、コンテの方向性が、私と似ていたのだ。
この頃、市川準さんは超売れっ子。
私は、市川さんのコンテを見ながら『自分のコンテは自分で撮らなきゃ…』『自分で仕上げなきゃ…』と、本当に感じた。
プランナーではダメだと。
私は『演出させろ』と挙手する様になった。
そして数年が経ち、私は運良く監督になる。
若手だったが、大手カー用品店のCMをレギュラーで作っていた。
予算も潤沢で、大きな美術セットとか、海外ロケなど許される恵まれた仕事。
当時のカー用品企業が契約していたレギュラーの主演俳優で、4〜5本作っていただろうか。
しかし、ある日、広告代理店から緊急連絡。
『今度のCM、代理店競合コンペになります。マズいのは敵が…』
コンテで競う相手は、市川準氏だった。
広告代理店が政治力で入手した、戦う市川準のコンテも見せられる。
代理店のチカラに驚き、恐々とコンテを覗く。
尊敬する市川準の、2度目の絵コンテ対面が、まさかの『敵』とは。
変わらず、あの上手な絵コンテ。
そして、同じ主演俳優を使うコンテ内容が面白すぎる。
相変わらず大胆、そしてキレている。
巨大なカー用品店の看板から、クレーンダウンすると腕組みをした主演俳優と若いキャンペーンガール。
主演俳優が女性の肩を抱いて「ね。怖くなかっただろ? また来ようね」と女の耳元で囁く。
まるでラブホテルから出てくる男女を連想させる、危ないギャグだった。
私は思わず笑ってしまう。
しかし「また来ようね」は、店舗の充実した品数やリピーター効果を言い表している言葉。
ちゃんと広告になっている。
『これに勝てるのを考えるのは、キツイ』と私は頭を抱える。
でも。
『市川準さんのコンテはギリギリ、下ネタ。これをクライアントがどう判断するか』と思う。
私はラスベガスの砂漠で主演俳優が、『紅の豚』の様な紅い複葉機で宣伝ビラを撒く、スケール感のあるコンテを作る。
車に乗った事もない、西部の馬上のインディアンが、カー用品宣伝ビラを拾い、ボケるコンテにした。
そして結局、クライアントは私の案を選ぶ。
私は辛うじて生き延びた。
ラスベガスロケも直ぐ認められる。
出演タレントやカメラ、照明などスタッフ10数名も渡米する。
ラスベガスのホテル宿泊。
アメリカ人スタッフも10名。
コンテに描いた通りの赤い複葉機が現場に来る。
カー用品店の名前まで機体にある。
空を飛行する赤い複葉機を、上空で撮影する為のセスナ機さえ用意される。
市川さんの描いたコンテなら、日本での撮影で済む。
この二十分の一の予算で充分だろう。
予算の問題では無い。
私は、市川準さんの痛烈な「ラブホテルのギャグ」をテレビで流す事に、企業は二の足を踏んだのだと思った。
禁煙パイポでもそうだった。
市川さんは、いつも放送コードのギリギリを狙う。
それが彼のやり方。
忙しい市川さんは59歳で逝かれた。
市川準は死に急ぐように、生きられた。
他のCM撮影の最中、照明替えの隙間時に、隣のスタジオを押さえて、別のCM編集されていた話も聞く。
分単位で働かれる。
映画を撮るため、CMを作っておられたらしい。
でもどうしてだろう。
市川準映画の表現は、CMに比べて、ひどく大人しい。
私も数本は彼の映画を鑑賞したが、CMの様な『キレ』を私は感じなかった。
危なくない、ゆったりとした正統的な映画が多い。
それが謎だ。
でも多くの映画を撮られている。
それだけで、羨ましい。
私は、彼の作るCMに憧れた。
でも。
でも、あえて聞いてみたい。
「天国の市川さん、映画とCM、どちらの撮影を楽しみましたか?」と。