映画「アリスとテレスのまぼろし工場」


directed by 岡田麿里
voice actor/actress :榎木淳弥、上田麗奈、久野美咲、林遣都、瀬戸康史
Animation film

身伏町では、主要産業の製鉄所の爆発事故によって全ての出口を閉ざされ、時まで止まってしまって終わらない冬の中閉じ込められ、成長すら許されない町になってしまった。あの夜、空は裂け、製鉄所から上がる煙がその壊れた空を修復していった。いつか元に戻れるように「何も変えてはいけない」というルールができた。変化を禁じられた住民たちは、鬱屈とした日々を過ごしている。中学3年生の14歳のままずっと10数年を過ごしている菊入正宗(榎木淳弥)たち。いつしか彼らは「生」を実感するために、肉体的な痛みを伴う遊びや、精神的な痛みを伴う遊びを繰り返していた。しかし、次第にそんな「まぼろしの町」にもほころびができ始めていて、空が割れ、外の世界が覗き見えるようになった。その衝撃を繕うために発生する「煙の狼:神機狼(しんきろう)」が、心の平衡を失った人を狩っていく。そんな動揺する世界の中で、政宗は謎めいた同級生・佐上睦実(上田麗奈)に導かれて足を踏み入れた製鉄所の第五高炉で、野生の狼のような少女・五実(久野美咲)と出会う。どこか懐かしさを感じる少女を前にして、心の動揺が隠せなくなっていく。五実だけが成長していく姿を目の当たりにした政宗と睦実は、次第に自分たちの真の姿に気づき、やがて止められない衝動を自覚する・・・

ずっとずっと冬が続いていて、何も変わらないことが「善」であり、「前提」であり、「当然」だとして続いていく社会。
この作品、2度鑑賞したのだが、ああ、そうだ、「うる星やつら 劇場版 ビューティフル・ドリーマー」の設定に似てるんだ・・・
あれは、ず〜っと「学園祭前日の1日」がエンドレスに続いている世界・・・誰かの夢の中の世界・・・だった。「ず〜っとこのまんまでいい」という楽しい世界。
この「アリスとテレス・・・」では、ずっと時が止まってるという設定だが、ず〜っと「喜びも悲しみも感じない」という世界で、心が動かない・・・

でも、人は生きてる限り「心が動く」のだ。
衝動的に恋に陥り、楽しい時は弾ける、悲しい時は泣き喚く・・・
それが抑えつけられてしまっているとき・・・虚しい時間だけが過ぎていく。

現実世界では、あの工場の爆発の時、政宗の父は夜勤で亡くなったのだろう。そして14歳だった政宗が絵を描くのが好きだったことも知っていたが何も言葉をかけていなかった・・・でも、なぜかあの工場爆発の時に発生した膨大な煙の中に取り残された瞬間がずっとずっと続いてしまっていて、政宗もずっと成長しない、人々は変わらない、そんな世界にいながら、政宗の絵は確実に上達している、という父の想いを綴った日記がある日正宗の目に触れる・・・
この父のモノローグを林遣都さん・・・最初の鑑賞のときは気づかなかったけど、でも、この語りは心にぐっときたんだけど、そうか、林遣都さんだったんだ・・・
そして、父の弟役を瀬戸康史さんが務めていて、このお二人の抑えた演技がすごく印象深くて、この世界と現実世界を繋げる役割を担っていた。

現実世界では、政宗と睦実は結婚していて、娘の五実が誕生していた。しかし、ある夏祭りの花火の夜、ふと目を離した隙に五実の姿を見失ってしまい、行方不明になってしまう。その日以来、現実世界の政宗たち夫婦の中で時間が止まってしまっていた。それがあの「まぼろしの町」の中にいる政宗なのだ・・・と。

五実を現実世界に戻してやりたい・・・でも、五実自身は成長する中で、14歳の姿の正宗に恋をするようになる・・・
その五実の「何も取り繕わない、剥き出しの愛情」に嫉妬してしまう睦実・・・ああ、母と娘ってこういうところで屈折した感情を持つんだよなぁ。

五実を現実世界に戻すという決意をする政宗と睦実・・・そして正宗の自分への恋愛感情を実感した睦実は、五実に告げる。
「未来はあなたのもの、でも、正宗の心は私のもの」

いやぁ、女、だよなぁ。
娘とわかっているのに言っちゃうのか、コレを・・・

ラストに、大人の女性になった五実が「製鉄所跡」へやってくる。
もう廃墟となった誰もいない第五高炉・・・そこに描き残された、政宗が描いた絵・・・五実はあの世界のことを憶えているってことか・・・「私の初めての失恋」と呟く・・・どこかに知らない、でも懐かしい世界にいて、かわいがられて、誰かに恋をして、そして失恋して戻ってきた・・・記憶が彼女にはある・・・
終始彼女は「生きていた」んだね・・・
悲しみの中で時を止めてしまう・・・ってことができるのは、大人に一歩踏み入れた年齢からなのだってことなのか。

このアニメーション映画、キャラクターたちの絵柄はともかく、背景の街、そして製鉄所の建物、高炉の作画がしっかりしていた。建物がきっちり描いてあることで、厚みがあったし、嘘くさくないってのが良い。

ラストに中島みゆきの「心音」が流れ、ああ、これは見事にはまってた。「未来へ」という言葉に力強さを感じながら、「生きなきゃ!」って強い気持ちにさせてくれる。

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