映画「かくしごと」

directed by 関根三才

starring :杏、中洲翔馬、佐津川愛美、酒向 芳、木竜麻生、丸山智巳、河井青菜、安藤政信、奥田瑛二


児童向け物語を書く作家の千紗子(杏)は、長年絶縁状態にあった父・孝蔵(奥田瑛二)の介護のため、渋々田舎に戻る。他人のような父親との同居に辟易する日々を送っていたある日、役所に勤める友人(佐津川愛美)と久々に飲みにいった帰り、川沿いの道路に突然飛び出してきた少年と車が接触・・・少年を連れて帰った千紗子は彼の体に今ついたのではないアザや火傷の跡を見つけ、少年が日常的に虐待を受けていたことを察する。翌日のテレビニュースで、東京から川に遊びにきていた一家の長男が橋からバンジージャンプをして川に落ちて行方不明になっていることを知った。地元の警察や消防団員が捜索する中、少年の両親は早々に東京に帰ったという。捜索隊もぶぜんとしていると知って、千紗子たちは両親から虐待を受けていたことを確信した千紗子は、少年を守るため、目を覚ました少年が記憶を失っていることを知り、自分が母親だと嘘をつき、一緒に暮らし始める。痴呆症が進行していく孝蔵だが、少年と千紗子、そして孝蔵は次第に心を通わせ、新しい家族のかたちを育んでいくのだが・・・その幸せは長くは続かなかった・・・


「人は、信じたいことしか信じない」・・・そして、嘘をつき、その嘘にすがりついて「真実」と思い込むのもまた、人の人らしさでもある。

千紗子には、子供にまつわる悲しい出来事がある。海で遊んでいて、夫が目を離した隙に、溺れてしまったのだ・・・その後、千紗子は少年を主人公とした物語を書き続けているけど、その主人公の少年は本の中だけだったのに、目の前に、実の両親から愛されない少年がやってきた・・・

少年が「何も憶えていない」というのを幸いに、千紗子は「あなたは、私の子供」と嘘をつき、かくしごとを続けていく・・・そのことが、絶縁状態で許せないと思っていた父親に対しても、しだいに「家族」として、一緒に時を過ごしていくのだが・・・

日々衰えていきながら、彫刻を続ける孝蔵は、少年に粘土細工を教えたり、木切を持たせて彫刻をさせたり・・・少年が手にした小刀を「魔斬りだ・・・心の中にある悪魔を斬る刀だ」と教える。この辺、奥田瑛二さんの声と演技がすごく印象的だ。「魔斬りだ」という声は、ず~っと心に染み込む。この声・・・日に日に自分らしさを失っていく衰えていく老人の、ふと発する「真正面からの声」は見事だった。

朝のトマトもぎ・・・千紗子が呆れ果てながらも、それでも、「このトマト美味しい!」と顔をほころばせる・・・味覚って、理屈も何も超えてしまう「印象」なんだよね。

3人が粘土や彫刻や絵の具を使って、どんどん、壁も窓もはみ出すよう色を塗っていく「アートな時間」、ちょっと常軌を逸してるようで、でも、素晴らしい時間・・・岡本太郎の「芸術は、爆発だ!!」という声が聞こえてくるような瞬間だった。

この孝蔵の幼馴染で、衰えていく姿を静かに見守る老医師を演じた酒向芳さんが秀逸。持ち味からして、奥田瑛二さんと入れ替えて、孝蔵役をこの方が演じても、また味わい深いシーンになったのではないか。


しかし、幸せな時間は「仮」でしかない、現実は容赦無く襲ってくる。

少年の実の父親が、千紗子たちの住む家に押しかけて、難癖をつけて暴れ出し、止めに入った孝蔵に乱暴し、守ろうとした少年が父親に「魔斬り」の刀をむける。そしてそれを庇って千紗子が・・・


裁判のとき、千紗子が嘘をついて少年を両親に返さず自分の手元に置いて暮らしていたこと・・・を追求されていたとき、少年自身が証言に立つ・・・


嘘をついていたのは、千紗子だけではなかった・・

「人は信じたいことを信じ込む・・・嘘に縋る」・・・それは千紗子だけではなかったのだ。

千紗子自身が「かくしごと」をしていたが、少年もまた「かくしごと」をしていた・・・

この最後の杏さんの目を見開いた表情・・・は、きっと映画を見ている私たちも同じ表情だったに違いない。


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