根性論と直感 凡愚の僕が仕事でためしてみたこと
僕は幼いころ、両親や親戚から、いわゆる根性論で育てられてきた。成人してからも根性論で育てられたために、辛いとか嫌だと思ったこともなるべく逃げずにこなしてきた。そうして生きていくと限界を越えるときもあり、人と揉めたり、仕事を突発的に辞めたり、無気力になったりして周りの人達に迷惑をかけたりした。そんな生き方を10年ほどだろうか続けていたら、根性論の悪い部分も味わってきたことや、読書の影響だと思うのだけど、直感を大事にして生きようと思った。
そうすると、辛いと思ったことからは逃げて、嫌だと思ったことは可能なら限りは断ることにした。最初から完璧にはいかなかったが、小さいことから逃げたり断ることを続けていくうちに慣れてきて、大きなことも断れるようになっていた。例えば最初は仕事中おしゃべりをする~残業を断る~仕事中トイレにいって30分ほどサボる~仮病で早退or欠勤するといった具合にだ。
ただし、仕事においてはマイルールがあって、仕事は平均以上の結果を出す、会社が困っていたら残業や休日出勤はする。これらが出来ていてかつ困る状況でないのであれば、サボったり、早退したり、仮病で休むはしていいと。とはいっても迷惑はかかってしまうのだけど、そこは仕方ない、そんなの気にしてたらサボれやしない。
同じサボりでも許される人とそうでない人がいるだろう。大事なのは前者になることであると僕は思う。
そうして直感を大事にしてきた、要は自分に優しく甘く生きてきたのだが、給料は対して変わらなかったし、自分に優しく甘い分、余裕が出来て、周囲の人に優しく出来るようになり、周囲の人もそういう態度で察するようになり、仕事でのストレスは激減した。ストレスを感じる人間とは極力会わないようにも工夫した
ストレスが激減した分、お金を使わなくなり、薄給なのに貯金も出来るようになった
生きるのが楽になり、心に余裕が出来てきた僕は恥ずかしながらこう思い始めた。自分を成長させたいなと。
そして今は根性論の良い部分、ストレスがダメなものとして考えるのではなくて、ストレスは自分を成長させる為には必要なことであると考えるようにしている。
すると心地よいストレスと言ったら変なんだけど、そういうのを感じながらも収入は少し増えて、ストレスを全逃げしてきたより、なんというか充実感がある
水を飲まないとか、睡眠時間を削り続けて働くとかは愚かな行為だと思うが、ある程度のストレスは自分を成長させるものとして考えることが出来れば、人生は充実してくる