冬の女神と夏の巫女
沙羅のクラスには、神秘的な少女がいる。
抜けるような白い肌に白がかった金髪―何でもおばあさんがイギリス人なのだとか―そして、その美貌ときたら!
とても言葉で表せられない。
強いて言うなら『この世のものと思えない』か。
おまけに彼女は成績も優秀(常に学年トップ)、運動神経もいい。
性格もあまり目立たない方ではあるが、柔らかな物腰で非常に良い子だ。
…非の打ち所がない…。
彼女の名前は倉木雪華(くらきせっか)。
何でも12月生まれの彼女に相応しい名を、とつけられたそうだ。
彼女にならば、似合っている…。そう沙羅は思っていた。
北国に冬が来るのは、早い。11月上旬、初雪の降った日。
人通りがいつもより、少ない道を、新雪を踏みしめながら、下校していた時だ。
あれ?と思った。
倉木雪華だ。
ここら辺でも、評判の悪い不良校の男子連中に囲まれている。数は三人。
高校生とは思えぬ、下卑た目で雪華を見て、汚い言葉を吐きかけている。
沙羅は迷った。こういう時は…まず、警察だな。その次に防犯ブザー鳴らしながら突っ込んでやる。
決意したのも束の間。
一人が乱暴に雪華の右腕を掴んだ。
折れそうに細い腕を。
まずい!と思った、沙羅は防犯ブザーを鳴らしてやろうと思った。刹那。
信じられない事が起きた。
雪華が普段見せない―それは恐ろしい冷たい―目で、不良を見た。と、
「あっ?」と不良が声をあげた途端。
沙羅は自分の目を疑った。
不良が…凍りついたのだ…。足元からビキビキと音を立て、あっという間に頭のてっぺんまで。
雪華の声が聞こえた。
「心配しないで。死にはしないわ。ただ明日の朝までこのままよ?」
残り二人を睨みつける。
「お友達と同じ姿になりたい?」
残った二人は脱兎のごとく、逃げ出した。
何やら喚いていたが、沙羅の耳には聞き取れなかった。
と、雪華がこちらを見た。
にっこりと笑う。
「南沙羅さん…ちょっとお話、いいかしら?」
その笑顔に状況も忘れ、沙羅は頷いていた。
「…まほう?」我ながら間抜けな声だな、と思った。
雪華と二人、雪を踏みしめながら歩く。
雪華の説明はこうだ。
雪華の祖母(イギリス人)は高名な魔法―特に氷雪に優れている―名家の末娘で、日本にはほぼ駆け落ちのような形で来たのだという。
で。「祖母の魔力が、何故か父を飛び越えて、私に遺伝したの」だから、と雪華は続けた。「色々面倒なの…」実はね、と雪華が語ったところによれば―祖母は末娘だったが、一番魔法の才に恵まれていた。
長男、次男、長女、そして次女である祖母…。
それぞれに分け隔てなく、施された教育で、一番のちからを見せていたそうだ。慣例では長男か長女が継ぐ事になっている家を、次女である祖母に継がせようか?とまで、話が進んでいた矢先、日本から留学に来ていた祖父―倉木優一と出逢い、恋に落ちてしまった彼女は出奔を決意する。そして成功し、日本で婚姻した彼女を本家は諦めた。ところが不幸が起きた。家を継いだ長男が生まれつき、子を持てぬ身体である事が判明。
では、長女の子は…何故か魔力を持っていない。
次男は―交通事故に巻き込まれ、亡くなった…。
「つまりね…直系の子孫で魔力を持ってるのは、私なの。もちろん、親戚には魔力持ちはたくさんいるけど、本家直系の血を彼らは求めてるの」だから、と続ける。「事ある毎に、私に『長男の養子にならないか』って来るの」深いため息。「今どき、純血主義なんて流行らないわよ…いい迷惑…」私はね、と言う
「静かに暮らしてたいの」
はぁ。あまりのファンタジーに沙羅はそうとしか感想を抱けなかった。
「それでね、南さん、お願いがあるの。今日、見た事は黙っていてくれる?」
聞こえてきた雪華の声に、沙羅は反射的に答えた
「えっ?言わないよ。言うわけない。」
沙羅の言葉に雪華は目を丸くした。
「脅したり、しないの?」
「しない、しない」ぶんぶんと首を横に振る。
「どうして自分の身を守っただけで、脅すの?」
雪華はしばらく、沙羅の顔を眺めていた。そうして言った。
「南さん…面白い人ね」
にっこりと笑う、その顔の美しさ!沙羅はぽうっとなってしまった。
それからの日々は恙無く過ぎた。
雪華とは特に会話する事もなく、何となく『あれは夢だったのかしらん』と、沙羅が思い始めた矢先、事件は起きた。
突如、雪華が姿を消したのだ。
学校は倉木雪華さんは転校した、とだけ言った。
本人不在で。
沙羅は、もしや、あの時の本家とやらで、何か起きたのか…と危惧したが…。
果たして、それは当たっていた事を知る。
それはその日の夜だった。
どうやって調べたのか、沙羅の部屋の窓ガラスをコツコツ叩いたのは、雪華だった。彼女はほぼ着の身着のまま、で、部屋に飛び込んできた。
業を煮やした本家が、半ば誘拐のように雪華を連れ去ろうとした。
学校に圧力をかけ、役所に圧力をかけ…。
「おばあちゃんが逃がしてくれたの」
雪華は、はぁ、と息を吐いた。
「こうなりゃ…全面戦争だわ…。」
その言葉に沙羅は目を丸くした。
「そんなに、凄いの…?」
「水面下では、ね」
その時だ。
ガチャリと音を立て、沙羅の部屋の扉が開かれた。
雪華が逃げ出す隙もなかった。
「おばあちゃん!」と沙羅は声をあげた。
実は…。
沙羅は雪華との、あの日のやり取りを祖母・清香(さやか)にだけは、話していた。
清香は実は…
「私はね、ネクロマンサーなんだよ」雪華に向かって、ウインクしてみせる。
えっ?という顔で雪華が沙羅の顔を見てくる。
「んー、簡単に話すとさ…」
沙羅の父方の祖母・清香は沖縄生まれのシャーマンだった。過去形なのは、いまはすっかり、離れているからだ。
彼女が何故、真反対の北国に来たか、は、若い頃のロマンスの結果である。
「私にも似たような経験あるんだよ、あなたのおばあ様とね」
という訳で。清香と雪華の二人で、雪華の家―本家に占領されている―に乗り込む事になった。
沙羅はついて行きたかったが「足でまといになるから駄目」と清香にキッパリ言われてしまった。
数日後。
雪華は無事、学校に復帰した。
本家筋とは話が着いたという。
雪華は興奮気味に言った。
「沙羅のおばあ様、凄かった」ネクロマンサーは死者使役の術である。
占領されていた雪華の家に堂々と近付き、使役している霊魂を一気に放出。
見張りを捕縛し、「死にたくないなら、雪華の事を諦めなさい」と一喝。
代表として来ていた、長女(雪華から見て伯母である)を制圧し、『雪華には二度と近付かない』と念書を書かせた…冥府の神の名のもとに。
もし、破れば<死>がもたらされるものである。
「ありがとう、ありがとう、沙羅。感謝してもしきれないわ」
雪華は何度も頭をさげた。
沙羅は「おばあちゃんのちからだし…」と戸惑ったが、これがきっかけで、二人は無二の親友になった。
雪華は沙羅の家によく遊びに来るようになった。
「おばあ様!」と嬉しそうに話している姿が微笑ましい。
今度こそ、平和な日々だ。
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