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昭和のガキ大将 一おばん池の攻防一 第3章『逃げろ!』

           全4話

第1話
 三人は一目散に南側の土手を下りました。 
 急な土手を下ると、なだらかな坂道が続きます。
 向こうに中塚製材所のトタン塀が見えてきました。
 先頭を走っていた私が立ち止まって振り返ると、陽ちゃんはすぐに追いついて来ましたが、哲ちゃんはなだらかな坂道を息も絶え絶えに、まるで泳ぐようにこちらへ向かっています。「哲ちゃんがんばれ。速く!」
 哲ちゃんのはるか向こうの土手の上では、なんとあいつらが私達を見つけて今にも追いかけて来ようとしています。
 哲ちゃんがようやく追いつきましたが、これ以上喘息気味の哲ちゃんを走らせるわけにはいきません。
「材木の陰に隠れよう。」
 私たちは、中塚製材所の裏手へ回り、材木置き場へ忍び込みました。
 そして、積み重ねられた材木と材木の間に入り込み、さらに、材木を載せている台の下にもぐり込みました。

 ここまで来れば見つかる心配はありません。
 三人は、木屑の上に腹這いになって身を寄せ合い、荒い息を押し殺してじっとしていました。


第2話
 陽ちゃんの向こう側から「ヒューヒュー」と細く長い音が聞こえてきました。哲ちゃんはどうやら喘息の発作が出たようです。
「哲ちゃん、大丈夫か。」
返事はヒューヒューという苦しげな音でした。
 カンカンに怒ったあいつらからは、もう走って逃げることはできません。捕まったら最後、どんな目に遭わされるか分かりません。ここへ隠れてなんとかやり過ごすしか逃れる手はないのです。
 もう、すぐにあいつらはやって来るでしょう。
「ここを通り過ぎてくれたら、なんとかなる。」
 私は、祈る思いで両手を顔の前で握り合わせました。

 ふと横の陽ちゃんの顔を見ると、しかめっ面をしています。鼻の頭にはあぶら汗をかき、かなり苦しそうです。
「陽ちゃん、どうしたんや。」
「うんこがでそうや。」
 陽ちゃんは緊張すると、大便がしたくなるのです。学校では、しょっちゅうお腹が痛いといって保健室の常連さんになっていました。


第3話
「陽ちゃん、ちょっと我慢できるか。もうすぐあいつらが通り過ぎるから、そしたらここの便所借りよう。」
 陽ちゃんはうなずいて目をギュッと閉じました。

「パタパタパタッ」
 足音が近づいてきました。あいつらに違いありません。三人とも木屑に顔を埋めるようにして顔を伏せました。
 そおっと上目勝ちに通りを覗くと、トタン塀の下からあいつらとおぼしき連中の足が目の前のバラス道を猛然と走り抜けるのが見えました。
 気がつくと陽ちゃんも哲ちゃんも同じ姿勢で覗いていました。
「めっちゃ速いな。」
「かなり怒っとうで。」
「顔面に団子が命中しとったからな~。」
「くくくっ。」と陽ちゃん。
「陽ちゃん、うんこせんでええんか?」
 三人とも顔中木屑だらけでした。


第4話
 陽ちゃんのお父さんは大工さんで、この中塚製材所によく出入りしていました。陽ちゃんも、ここの人たちとは顔見知りで、遠慮なく便所を使わせてもらえました。

「ちょっと待っとってな。」
 私は、奴らがどの方面に行ったか確認しに中塚製材所を出ました。
 中塚製材所は幹線道路に面しています。
「この道路を上へ行ったか、下へ行ったかやな。」
 すると、五位ノ池方面へ向かうなだらかな歩道をあの四人が猛然と走って上って行く姿が見えました。

「うまいこといった。」
 
 中塚製材所へ戻ると、材木の陰で洋ちゃんと哲ちゃんが心配そうな顔をして待っていました。
「どうやった?」
「まんまと行きよったで。」
 すると、哲ちゃんが、
「どっちへ行ったん?」
と、まだ心配そうに聞きました。
「中学校の方や。」
「それやったら僕らの家の方やん。」
 陽ちゃんも
「ぼくら家に帰られへんなぁ。」
「大丈夫。高取山へ回って帰ったらええやん。」
「そうか。」
 二人は少し安心した様子です。


         第3章『逃げろ!』完


 

 



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