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今、子ども達に伝えたい「川で溺れたときの行動」 なぜ私が水難事故から助かったのか 〜後編〜

 
     『重たき流れ』後編  全5話

第1話
 しばらくすると、その機械のような腕の回転も徐々に速度が落ち、とうとう回らなくなってきました。

 榎田の姿がどんどん小さくなっていきます。
 しかし、もう助けを呼ぶ力すら残っていません。

 その時になってやっと、自分が緩やかながらも抗えない重たい流れに向かって泳いでいることに気づいたのです。

 そして私は悟りました。自力で大岩まで泳ぐことは不可能であること。私はこのまま流されて帰れないこと。
 そして、自分はこうやって溺れて死ぬんだということを。

第2話
 すると、突然、祖母がよく口にした言葉が脳裏をよぎりました。
「ケンちゃんよ〜、川で泳いだらいなかっぞ。」
と。
 祖母からは釣りに出かけようとする度に、川で泳がぬよう釘を刺されていたのでした。
「おばぁちゃん、言いつけを守らんでごめんね。」

 自分は祖母の言いつけを守らなかったために死ぬんだなと気づきました。

「ならば、もう泳ぐのをやめよう。」
と思い、くるりと向きを変えると、下流に向かって水面に顔をつけたまま流されるに任せました。

 このまま流されて溺れて死ぬということに自ら向かっていったのです。

第3話
 途中で水面すれすれに私の方へ手を差しのべてくれる木の枝が目に入りました。この枝をつかめば助かるかも知れません。

 しかし、もう手を伸ばす力は残っていませんでした。

 目をつむったまま
「いつ死ぬんやろう。」
と考えていました。不思議と恐怖心はありませんでした。

 どれくらい流されたか。目を開けてみると水中を泳ぐ魚が見えました。
「魚はええなぁ。泳いでも溺れんもんな。」
そんなことを考えていると、泳いでいる魚のさらに下の方に川底の砂が見えました。
「うん?」

 あんなに深かったのに浅くなっているのです。

 もしかして足が着くかも知れません。恐る恐る足を下ろしてみました。

第4話
 すると、足の裏に砂の感触が伝わりました。

 立つと水面は胸元辺りにありました。

 重たかった流れは今も背中から私を下流へ押し流そうとしますが、私の両足は川底の砂を踏みしめ、そして下流に向かって少しずつ歩くことができました。

「助かった。」

 私は、右岸の浅瀬へ向かって歩き出しました。

 水面から出ていた部分は胸から腰までになり、そして膝へと確実に浅瀬に向かっています。

 ただ、水中から出る身体の部分が増えれば増えるほど、身体じゅうが重たくなってきました。

 くるぶしまで出ると、もう体重が何倍にもなったようで立っておれなくなり、とうとう川原にぶっ倒れてしまいました。

第5話
 私は、そのまま川原に吸い付けられたように身動きひとつできませんでした。

 小一時間ほど午後の陽の下で倒れていましたが、体力を少しずつ取り戻し、朦朧としながらも上体を起こすことができました。
 そして、なんとか立ち上がり、砂地を踏みしめて歩くことができました。

 一歩、また一歩と友の待つ岸辺へと戻りました。

 半時間ほどしてようやく大岩で釣りをしている榎田の姿が見えましたが、手を振る力も残っていません。

 やっと榎田の立つ大岩の対岸に立ったとき、彼は初めて私に気づき

「ケンちゃん、お帰り。」
と言い、再び浮きに目を落としました。

 その瞬間、この友は、私がもう少しで命を落とすような目に遭っていたことなど気づいていないということを悟りました。

 つられて浮きに目をやると、先程私を連れ去った重たき流れが、今も静かに流れていました。

        「重たき流れ」完





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