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北海道のフライフィッシング 一「おいっ!」の淵の川で自分を釣る、2度も一 第7章 (全8章)『大物は簡単には上がらない!』

             全5話
 
第1話
 魚は川上の深みへグンと潜り、ロッドはギュンと曲がりました。
 あまりの強い引きに驚いていると、今度は高くジャンプしました。

「でかい!でかいっ!」

 これまでに釣り上げた中で、いちばん大きいことは確かです。

「あんな大きな魚を取り込めるだろうか。」

 未知の大きさに不安がよぎり、兎に角ティペットが切れないことを祈りました。
 魚は緑色の濃い深みを縦横無尽にグイグイ引っ張ります。 
 しかし、何故か下流に行こうとはしません。

 下流を振り返ると、私が立っている流れから下手は浅い流れになっていました。こんな大きな魚なら背ビレが見えるほどです。
「そうか、下流には行かないな。」
内心、ほくそ笑みました。


第2話
「よしっ、フッキングはしっかりできている。あとは、この深みで弱るのを待つだけだ。」

 その後、魚は二度見事なジャンプを見せ、強い引きで深みを走り回りました。

「そろそろ弱ってきたかな。」

 魚の手応えが少し弱くなり、こちらに引き寄せるタイミングが近づいてきました。

「よし、慌てずに取り込むぞ。」

 背中のネットの柄をにぎりました。
 すると魚は、私を迂回するかのように浅瀬へ泳いで来ました。

「丁度良い。」
 ここで、ラインを手繰り一気にネットインです。

 ラインを引き、魚とネットが一直線に向き合い、いよいよというとき、魚は猛然と浅瀬を走り回り始めました。

「なに!こんな浅瀬で!」

 魚が死にもの狂いで浅瀬を走り回ったせいで、ラインが枯れ草を引きちぎり次々に宙を舞っています。
 川面はもう大騒ぎとなりました。


第3話
「これは切られるな。」
 あまりの暴れように足元へ引き寄せることができません。

 しかし、ティペットはなんとか切れずに持ち堪えています。

 しばらく浅瀬を暴れ回った魚は、さすがにへとへとに疲れたのか一瞬ゆらっと魚体を流れに任せました。

「よし今だ!」

一気にネットに入れようとしました。

 しかし、私の使っているネットは間口が小さくこんな大きな魚は簡単には入りそうにありません。

 案の定、頭がネットに入ったとたん、一跳ねで逃げてしまいました。

 しかも、逃げたのは私が立っている背後の右岸側。

 ここは左岸の浅瀬とは違い水深があります。

「うわぁ、また厄介な流れに逃げ込まれた。」

 再び大魚とのやり取りが始まることが予想されました。

 下流を見ると、お義父さんが、ことの成り行きを見守っています。


第4話
「うむっ。」
どこかで見たシーンです。

 そう言えば数年前の桃源郷で同じような光景がありました。

 そのときは、ラインをすべて出し切って尚も逃げる魚が、下流で見守るお義父さんのまさに目の前で鉤を曲げて逃げてしまったのでした。

「今回も同じ目に遭うのか。」
 
 ところが、この魚は再び暴れ回る力はもう残っていませんでした。これまでのやり取りで相当体力を消耗したのでしょう。

 私はゆっくりゆっくりとラインを手繰り、今度はネットを半ば水に沈めるようにして水中でその大魚をネットに収めたのでした。


第5話
 今回もお義父さんは手を打って喜びました。
 前回は、私がわざわざ返しを潰したせいで逃げられたと大笑いしていました。

 この度は、ネットインした瞬間、何度も手を打って喜んでくれました。

 そして、
「相当でかいね。これまでで、いちばんでかいんじゃない?」
と言いながら、特大の蕗の葉を濡らして持ってきてくれました。

  ずしりとネットに入った手応えに、この魚はこれまで釣ったどの魚よりも大きいことを確信しました。

 虹鱒を蕗の葉の上へ寝かすと、全身で息をしているようです。

 測ってみると36センチもありました。

 6年前、桃源郷で釣った34センチの記録を更新したのです。

 「これまでで最高だね。」
 このときのお義父さんの喜びようは忘れ難いものです。私よりも喜んでいました。

 そのとき、私はこれまでにない大物が釣れたことよりも、この人と一緒に釣りをしていることの喜びを強く感じました。

  今回の釣行では、「これでもか」と言わんばかりのトラブルに遭いましたが、それはお義父さんと釣り旅をする喜びに気づくためだったのかも知れません。

 喜びと同時に、あと何度この人と一緒に釣りに行けるか、現実味を帯びた寂しさに襲われるのでした。

   第7/8章 『大物は簡単には上がらない!』完


 



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