2年だなんて、ほとんど永遠ね。【第9話】
いままでのあらすじ
1978年。6月。15才のぼくは、同級生のかごめと海を見ている。ぼくらは、駆け落ちすることにした。ぼくの誕生日、駆け落ちする日、駅のホームにかごめは来なかった。34年目。50才。ぼくは自分の誕生日に駅のホームにひとり佇む。ひとりの女子高生が、ぼくに声をかける。彼女は一通の手紙をぼくに渡す。それはとても長い、かごめからの手紙だった。34年前、ぼくに会うことなく、遠くの地に引越したかごめ。ある日、図書館の仕事を休んだかごめを、司書の長野さんが訪ねる。そして、かごめにプロポーズする柿谷という人物の話が始まる。そこにもまた、誰にも言えなかった話があった。
ミルキー
この話を聞いて、私はとても恥ずかしくなったの。ずっと、自分の事ばかり考えてた自分が。そして、この恥ずかしいという感情、きっと久しぶりだった。
「ありがとうございます」
その時は、そう伝えるのが精一杯だったわ。自分の感情を言葉で伝えるなんて、高校生のとき以来だもの。うまく言葉がみつからないまま、その日は別れた。
その日から、ときどき柿谷さんと、話をするようになった。星の王子さまのどの辺りを、何度も読み直しているか、とか、あなたの人生の物語の奥深さ、とか、本の話がほとんどだった。
壊されてしまった小川の小さな橋が、新たに作られた時、その橋の欄干に手を置いて、柿谷さんからのプロポーズを受け入れたの。わたしが30になる、少し前だった。わたしの人生にも、新たな橋をかけてもいいかもしれない、柿谷さんがそれを手伝ってくれるかもしれない、そう、自分中心に思ったの。相変わらずね。
結婚後も、柿谷さんは、とても優しくしてくれているわ。時々ふたりで笑うこともあるし。たまにはお酒を飲んだりもするのよ。日本酒が好きかな。セーラー服が似合ってたわたししかタツヤは知らないのに、晩酌してる姿、想像つかないだろうなあ。33の時に、子どもが産まれた。正真正銘、初めての妊娠、出産よ。今度は、わたしの両親は喜んでくれたわ。不思議よね。子どもが出来る、ってことではおんなじなのに、その時の年齢で、大きく周りの扱いが違ってくるんだもの。どうしてかしら。いまだにわからないわ。タツヤは、もう結婚してるの?お子さんは?
今度は、あなたの物語を聞きたい。あなたにもう一度会いたい。
かごめ
夏至が近い季節だけど、あたりは暗くなり始めている。僕は、かごめからの手紙を出来るだけ丁寧にそろえてたたみ、封筒に戻した。どこかのホームに列車が到着することを、アナウンスが告げている。隣に座っている女子高生に顔を向けると、
「はい、タツヤさん。これでも飲んで」
と、いって、新しいPOPメロンソーダを渡してくれた。しばらくそのボトルを見つめていた僕は、やがてキャップをひねり、そのメロンソーダを飲む。僕は、うまく言葉を発することが出来ない気がして、ゆっくりと肺からのどへ空気を送りながら、
「ありがとう」
と、なんとか言えた。
「どう、お味は?」
「うん。美味しい。メロンソーダ、いいね。これからは、メロンソーダも飲むようにするよ」
そう答えてくれたタツヤさんは、すこしだけ、笑顔をつくってくれた。タツヤさんは手紙を自分のバッグにしまおうと、ガサゴソして、そして左手を私に差し出すと
「今、こんなものしか持っていないけど」
と、言って、私に小さな紙包みをくれた。
「ミルキー」
「そう、ミルキー。かごめと海岸の防波堤に座って、よく食べてたんだ。50にもなって、いまだにミルキーを持ち歩いてるなんて、笑っちゃうね」
「わたしもよく食べてる。ありがとう、いただきます」
「今日は、手紙を届けてくれてありがとう。本当に嬉しい。それで、きみは、かごめの娘さんということかな?」
「えへ、そうです。最初に話すべきだったかもしれないけど、おじさんがほんとにタツヤさんかどうか、タツヤさんだとしても、この手紙を渡すべきタツヤさんかどうか、確かめたかったの。その手紙、わたしは読んではないけど、きっと大切なことが書かれているだろう、ってことは、わかるから」
「ありがとう。そうだね。その通りだと思うよ。きみはとてもいい女性だね。聡明だと思う」
「聡明」
「そう、聡明。日頃あんまり使わない言葉だけどね、僕は。ちょっと使ってみた」
ふたりで、少しだけ笑った。
「手紙でよかったよ。これだけの物語、直接話を聞いてたら、あまりにも自分の心が揺れ動きすぎて、うまく理解できなかったかもしれない。理解。どの程度正しく理解できてるかは、また別だけど。少し、落ち着いて辿ることができたって、そういう意味かな」
「タツヤさん」
「はい、なんでしょう」
「タツヤさんに、この手紙と、もうひとつ伝えることがあるの」
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?