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絶対的エース

ククの寝かしつけを夫に頼み、書類仕事を進めていた深夜。ごそごそとククが起き出し、泣きながら廊下に出てくるのが聞こえた。条件反射でぱっと立ち上がる。こういうとき、すでに自室に戻って寝ていた夫は泣き声に気づかず起きてこない。授乳期が終わっても、母親の耳は子の泣き声に敏感だ。

廊下に出ると、ククが目をしょぼしょぼさせながら大粒の涙をこぼしている。最近はひとりで寝入ることも多いけれど、今は風邪気味で鼻が詰まりやすくなっている。鼻で呼吸がしづらく眠りが浅くなったところに、雨や葦簀の打ちつける音で目が覚め、怖くなってしまったらしい。「大丈夫だよ、もう1回ねんねしよう」。うながす言葉に思わず赤ちゃん言葉が混じった。昼間は生意気盛りで延々とにぎやかにしていてパワフルで、いっちょまえの「子ども」になってきたというのに、添い寝してくれなきゃいやだと駄々をこねている様子は乳児のころを彷彿とさせる。

「おかあさん、あと少し仕事するから。おとうさんと一緒に寝て、ね?」というと素直にふとんに入った。夫をたたき起こして、添い寝を頼む。

もう一度机に向かったけれど、「おかあさんじゃなきゃいやだ!」と泣いているククの声が聞こえてくる。仕方がないので区切りをつけて、ククのいる寝室に戻った。

呼吸がしづらそうで、ごそごそ動いているククの横で、夫はすでにかすかないびきをかいていた。ククが眠りに落ちるのを夫のいびきが妨げていたのではなかろうか。

急いで寝支度をして、また夫をたたき起こす。夫も大変だ。

ククのとなりにすべりこむと、やっぱりまだククは寝つけていなかった。すぐさま私にしがみついてくる。右の二の腕でククに腕まくらをし、頭が肩の関節にちょうど乗っかるようにしてやると、ククは片腕を大きく伸ばして私の胸の辺りを抱きしめ、体側にぴったりくっつく。この体勢で離乳するまえは毎晩寝ていたのだった。

ククはすんなり眠りに落ち、呼吸の音も深くなった。

口答えするような年齢になっても、眠たいときのククはまだ私を求めている。ククにとっては私は、絶対的なエースなんだろう。

あとどのくらいこうして頼ってくれるんだろう。頻回授乳で1時間おきに起こされていたころのしんどさはまだ身に染みついているけれど、なつかしさも感じる。授乳を求めていたあかんぼうのククと、4月から小学校に上がるククとが交錯する。

絶対的エースは意外と早くお役御免になってしまうような気がしている。安心して夜に仕事をしたりひとりで寝られたりする日も近いかもしれない。待ち遠しいようで少しさびしい。授乳期のククの温かさを思い出す深夜1時半。

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