【短編小説】仮)アデリア王国物語#06
「市中の警護、ご苦労様です!」
念入りの打ち合わせをして、警備は厳重に抜かりなし。
今日はドゥオモ家でパーティーがある。
舞踏会の大広間でパーティーが行われる。参加者は王族、若き経営者、貴族、バイヤーのソムリエ等の方々だ。
奥まったカーテンのあるステージには四重奏が居る。
絨毯の床の上には数カ所に円形のテーブルクロスに載るのはパンに付けるリエット、ワインに合うピンチョス、カプレーゼ、サーモンのカルパッチョ、生ハム、ローストビーフなど様々だ。
「え〜、今年もこの季節になり、私どものワイナリーは皆様の贔屓によって成り立ってます。ブドウ本来が持つ素材の甘みと丁寧に仕上げて熟成させたこの極上のテレサワイン。海外の輸出も順調に高まってます。」
ドレスアップした妻は笑顔でモデルの様に佇み、タキシードを着た父親は長々と演説して、横のリアーナは笑っては居たが内心、王族にヒヤヒヤしていた。
「乾杯!!」
楽しげなワインパーティーの始まりだ。
すると、舞台の四重奏から部屋全体に音が響き、うっとりする様な心地良い音色の輝きが耳元に聞こえた。
沢山の貴族が集まり、リアーナは飲んで緊張を解すしかない。
10歳の頃も子供ながら緊張はしたが、今も方が遥かに緊張する。
王族のバイレード大佐はワイングラスを傾けて回すが、手を付けてない。
(やっぱり・・・)
リアーナは周りに溶け込んで笑顔で対応しながら集団の隙間に居るバイレードを見ていた。
同盟国との連合で小規模な戦いから遠征してたとは言え、疲れた足でキルケー家に行ったのに暗殺されそうになったからだ。
背景に巨大な闇がある分、孤独を感じる。
バイレードに聞きたい事がある。少しだけ距離を縮めたいがどうでも良い貴族の男相手に足止めを食らう。
父親は知人と喋りながらバイレード大佐と娘の動向を見ていた。10歳の時に一度だけパーティーでお披露目した愛娘だ。目に入れても痛くない位、心では溺愛してる。今回は警備体制も金を掛けてる。勝負には行きたいが、万が一、危険な目に遭ったらこのワイナリーの信頼が一気に落ちる。
「毒味した方が宜しいですか?」
バイレードの近くで立ち止まり、ワインを持つ軍人に声を掛けた。
程良く前髪が垂れて伏し目がちのバイレードも「毒味」という言葉に警戒感を露わにし、ワイナリーの令嬢を睨み付ける。
「お前・・・。」
低い唸り声みたいな口調で何故知ってるんだと言わんばかりの目でリアーナを不躾にも見つめる。
「お久しぶりです。バイレード大佐。この様な出逢いの場所で出来ればお誘い頂ける時に「飲め」と言って欲しかったです。」
お互いの知る単語で会話する。バイレードはハッとする。記憶の中に思い出すあのメイドを。
「・・・髪が長かったんだな。」
ぽつりと呟いて無愛想に視線を逸らす。
「ええ。ワイナリーの娘ですもの。お飾りしてドレスアップはしますよ。」
バイレードは一瞥して、胸の辺りや体を値踏みする。その視線にリアーナは屈辱を覚えたが耐えた。他の女性が集まる顔立ちのバイレードは美麗だけど、刹那的で退廃的な印象を持つ。
第一印象で冷酷で破壊的だと思う人も居れば、刹那的で脆いとイメージする人も居る。
バイレードは静かにワインを飲んだ。タイムラグの挨拶だと思った。
でも体調はどうだとか心配だったとかそういう一般的な会話はない。警戒の中では必要な挨拶ではないのだ。
「イベリコ豚の生ハムは如何ですか?」
「まだ食べてない。」
少し落ち着いたのか、口調が柔らかな印象を持つ。しかし、薄氷の様な危うさを持つ幼い声だった。傷付いた声をしてる。心労の負荷があるのか。
「ごめんなさい。私、知らなくて。」
王族の軍人なんて好戦的でいけ好かない男だと思っていた。
「いや、気が緩んでた私も悪い。ワイナリーのご令嬢に無理に飲ませるのは良くなかった。」
そんな事はない。そもそも顔見知りな位、パーティーに参加してない私も悪い。
「・・・何故、メイドに?」
バイレードの興味は違うところにあった。
「父親がパーティーに参加しろと煩いからです。」
「なるほど。」
失笑が漏れ、リアーナは驚いた。笑った軍人を見た事ないからだ。
「挨拶、遅れました。私の名はリアーナです。」
「リアーナ、か。」
父親のアンドレアは二人の距離が縮まり、成り行きを気にしていたが、ワインのビジネスの話に戻り会話を続けた。
リアーナとバイレードの距離が近付いた頃、一つの演奏が終了し、会話の雑音の中で次の楽譜を捲る。
静かに重い扉がゆっくりと鈍く開く。
隠し銃を持ったサルトルが扉から侵入してきた。
四重奏の音楽が再開し、客はまだ暢気に喋っている。
―――吐く息を潜めて、飢えた生き血を求め―――。
【続く】